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ブラック サークル 「In The Black Circle, 1923 (Dans le Cercle Noir) 幾何学的抽象時代の作品だ。ワシリー・カンディンスキー(1866−1944)は、1911年に「芸術における精神的なものについて」という著作で、画面構成、色彩論を論じているが、この頃、カンディンスキーは非対称絵画(1910−1914)の作品を制作した年でもある。

抽象画は具体的な対象がないということだ。非対称絵画の場合は、半具象的なものが含まれる。カンディンスキーは、絵画・理論的著作・舞台コンポジション・詩作といった活動もはじめる。

1909年の「黄色い響き」(当初は「巨人」)、「緑色の響き」、「黒と白」などの舞台コンポジション(舞台の作品)の仕事を手がけた。その一連の活動の ひとつである。この舞台コンポジションのあと、カンディンスキーは、コンポジション、靴 1910年に完成させている。コンポジションってナニ?という方。まずは検銑勝淵灰鵐櫂献轡腑4〜10)までの7作を次のサイトからご覧いただける。
Kandinsky: Compositions 検銑

よく、抽象画は苦手という前置きがあるが、たとえば「コンポジション」というタイトルだったら、写真、絵画や図案などの構図だったり、文章構成だったり、作曲や音楽作品だったりするね。つまり、タイトルの意味から探ることができるわけだ。
独り言
「オデッサ港」(トレチャコフ美術館所蔵)Odessa. Port. 1898 The Tretyakov Gallery, Moscow 30歳でミュンヘンにでて、2年後の作品。アントン・アツベの画塾のころ。対象を描いていないから抽象画というんじゃない?具体的ではなく抽象的だから、描くものがどういったものかを、鑑賞した目、そのときの心理状態で、何かを発見したり、タイトルから連想し、想像する探求がある。さらにカンディンスキーは、無意識の深層心理に働きかけるものだというが。
  【画像引用:© Russian Avant-garde Gallery】
この作品は、対象絵画。カンディンスキーの1898年の「オデッサ港」(トレチャコフ美術館所蔵)。ミュンヘン・アカデミーの試験に落ち、絵画の独習をはじめた32歳の頃。ミュンターと出会う前。

コンポジションは、「芸術における精神的なものについて」以前に、コンポジションに取り組みだした。非対称絵画時代だから、具体的な要素も、しばらくは残している。ヒトか木かという見分けがつく。

カンディンスキーのコンポジションの連作のうち、形態・輪郭・色彩に分割されるように用いている、幾何学的抽象時代(1922−1925)には、1923年の「Composition 次廚あり、晩年の具体芸術時代(1934年以降)に、「Composition IX」(1936年)、「Composition X」(1939年)を完成させた。

このコンポジションに、作品の解釈をそえて、「眼で聴く音楽」という所以を説明を目にすることがある。コンポジションは、「○○が○○する様子」、「○○は○○を表わしている」などという具体化の解説から鑑賞するより、ヒト、モノ、あるいは自然の景観を、自由自在に配置し歌わせるように描いているところから鑑賞してもよいのではないか。

Kandinsky's book  Sounds エデンの庭「Garden of Eden」 1913年出版の詩画集「響き」より。 彩色された木版画だ。【カンディンスキーは1902年に版画を始め、1914年までに全版画203点の約4分の3にあたる152点を制作。この時期の版画はほとんどが木版画で、この作品のヴァージョンを「最高傑作のひとつ」と見なす研究者もいる。】(引用:文化遺産オンラインhttp://bunka.nii.ac.jp/SearchDetail.do?heritageId=70662)とあるが、絵本の挿絵のような、メルヘンチックなものが多数ある。1915−1921年の非対象絵画から幾何学的抽象への過渡期の前のことだ。つまり、ファーランクスの教師をしていた頃で、ミュンターと出会ったこの時期から、ミュンヘン,ムルナウ時代(1910−1914)までの間の製作が多かったということだ。
詩画集「響き」1913年 エデンの庭

Glass Painting with the Sun (Small Pleasures). 1911 ミュンヘン,ムルナウ時代(1910−1914)の非対称絵画時代
1911年 太陽−ちいさな喜び

Moscow. Zubovskaya Square. 1916. Study.(モスクワ) The Tretyakov Gallery, Moscow(トレチャコフ美術館所蔵)非対象絵画から幾何学的抽象への過渡期の作品
1916年 モスクワ−習作

Storeys 1929 The Solomon R. <br />
Guggenbheim Museum, New York, NY, USA
1929年 現階段
それが、「眼で聴く音楽」というのではないだろうか。具体化した言葉を並べるのではなく、そのものが何かに気づけるのは、絵画の知識だけではなく、音楽、文学、哲学、科学、数学などから関連させて、何かを発見する顕微鏡の世界を持つことだ。

じゃぁ、「眼で聴く音楽」とはなんぞやということだよね。カンディンスキーの音楽とは、音楽全般をさすのではなく、衝撃を受けた、アルノルト・シェーンベルクに代表される無調音楽をさす(調性を持たない音楽が全て無調というわけではないらしい)。

まとまりのないリズムで、メロディとハーモニーのない、ファンファーレである。あの武満徹の世界である。つまり「解りにくい曲」なのだ。

彼の「眼で聴く音楽」を、安易に「それぞれの色彩がその存在感を示しながら、互いに引き立て合い、調和を創り出す。」と簡略できない。音同士の葛藤、対立と矛盾などがハーモニーであるとするカンディンスキー自身が、「かたちと色彩の不適合は必ずしも不調和とするのではなく、新しい可能性であり、新しい調和とも見なされてしかるべき。」と述べているからだ。

「芸術における精神的なものについて」では、カンディンスキーは芸術家をピアノに例えて、色彩は鍵盤、眼は打ちたたく鎚であり、手は奏でるもの。鍵盤(色彩)を使いわけて、魂は多様な音色を響かせるピアノ線(弦)という一文があるが、「色彩」を味わうことを述べているのだ。

つまり、音の印象を「色」に置かえたのだ。

僕達も、黒から低いトーンを想像することは可能だし、赤などの暖色、青などの寒色と考えると、聞こえてくる音色を想像できる。そうすると、鑑賞する側が心の中で音楽や色の組み合わせをすればいい。

色の不調和をコンプレックスハーモニーというが、カンディンスキーは、別に無調音楽の不調和や色の不調和を提唱したわけではない。

「絵画そして音楽における不協和音こそ、明日の協和音として多くの可能性を秘めている」と記憶や深層心理にある感動を描き、それを提唱したという。

そうして、「印象」、「即興」、「コンポジション」という連作が生まれ、抽象絵画を確立したわけだ。

この シェーンベルクとの出会いの年、1911年に「印象掘淵灰鵐機璽函法廚鯢舛、「ブラウエ・ライター(青騎士)」という美術年鑑が誕生する。たった二巻で終わった年鑑。だが、無名の民衆にまで仕事をひろげたことにあるという。(NHK世界美術館紀行引用)

さて、独り言で、「無意識の深層心理に働きかけるもの」と記したが、「自己の内部云々」ではなく、これは、神智主義の影響である。心霊や錬金術的な要素を含み、人間の精神の内部に潜む宇宙の根元と同質のものをよびさますという、オカルティスト ブラヴァツキー夫人によって提唱された。

抽象画や表現主義というものは、当時は、まさにアヴァンギャルドだった。

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「青騎士年鑑」1911年 画像引用:NHK世界美術館紀行〈9〉 p107コンポジションを軸に進めてきた。ここからは、「青騎士時代」について、少し触れようと思う。
【画像引用:NHK世界美術館紀行〈9〉 p107】

1911年に、カンディンスキーとマルクが中心となり、美術年鑑「青騎士(デア・ブラウエ・ライター)」を編集。この主催で開いた展覧会が、「青騎士」とよばれ、グループを結成したわけではなかった。

だが、「青」と「騎士」には、意味が込められているらしい。「青」は、ロマンティシズム、郷愁をあらわし、「騎士」は、芸術のために先頭に立って闘うという志だという。

マルクの戦死で2巻で終わった「青騎士」だ。そのフランツ・マルクの死後、ヒトラーが「青い馬がいるはずがない」と、「退廃芸術」の烙印を押されたという逸話がある。

さて、コンポジションという連作は、インプレッションという連作に比べると、極めて少ない。だが、ミュンヘン,ムルナウの非対称絵画時代から、晩年の具体芸術時代まで、続けて制作されたものだ。モスクワでの過渡期(非対象絵画から幾何学的抽象)、デッサウ バウハウスでの過渡期(幾何学的抽象から具体芸術)という、「過渡期時代」には、描かれていない作品だ。

ワイマールのバウハウスではパウル・クレーと再会し、カンディンスキーにとって、もっとも充実した時期だという。1924年には、カンディンスキー、パウル・クレー、ライオネル・ファイニンガー、ヤウレンスキーと、「青の四人」を結成している。

BAUHAU Seminario sobre colores de Kandinsky, s.f. バウハウス テンペレートカラー(温和な色彩)セミナー by カンディンスキーバウハウスは、1932年にベルリンに移転した翌年、ナチスの弾圧で、カンディンスキーは、またドイツを立ち去ることになる。

ずいぶんと、長々書き綴ってしまったが、もともと「この色彩こそすべ」てといったのが、ミュンターであった。カンディンスキーの作品を、百数十点ほど鑑賞して思ったのだが、やはり色と形態である。だがその色を「強烈」とするのは、間違いだ。カンディンスキーは、民族調の色彩、そして深みのある鮮やかさを彩っているからだ。

晩年に、カンディンスキーは具体芸術という言葉を用いる。具体か抽象かということにおいて、宇宙世界のもとに、現実世界(具体)と芸術世界が並行するが、その芸術世界もひとつの現実世界である。表現形態がちがうだけで、カンディンスキーのそれは、現実世界であり具体的世界なのだという。

画像の作品の年代順
1913年
・詩画集「響き」より エデンの庭 木版画 (3番目)
アントン・アツベ画塾時代(1988−1989年頃)
・「オデッサ港」1898年 油彩 (2番目)
ミュンヘン,ムルナウ時代(1910−1914)→非対称絵画時代
The Sun −Small Pleasures(太陽−ちいさな喜び)1911年 ガラスプリント(ガラス絵)
モスクワ時代(1915−1921)→非対象絵画から幾何学的抽象への過渡期
・「Moscow. Zubovskaya Square」1916. Study モスクワ−Zubovskaya Square 習作 (4番目)
ワイマール バウハウス時代(1922−1925)→幾何学的抽象時代
・「In The Black Circle, 1923」 (黒い円) 1923年 油彩だったと思う。(1番目)
〜デッサウ バウハウス時代(1926−1933)→幾何学的抽象から具体芸術への過渡期
・「Storeys」1929年(現階段)油彩 (5番目)
晩年時代(1934年以降)→具体芸術時代
・矢印と共に 1943年

Mit dem Pfeil 1943年

晩年 具体芸術時代 「矢印と共に」1943年

では、カンディンスキーの「印象 インプレッション」を紹介。
Impression 3 (Concert). 1911/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 6 (African). 1910/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 7. 1910/The Tretyakov Gallery, Moscow
Improvisation 9. 1910 /Stuttgart, Staatsgalerie, Germany
Improvisation 10. 1910/Basle, Collection Ernst Beyeler, Switzerland
Improvisation 11. 1910/The Russian Museum, St.Petersburg
Improvisation 12 (Rider). 1910/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 14. 1910/Paris, Musée National Art Moderne, Centre Georges Pompidou, France
Improvisation 19. 1910/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 21a. 1911/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 26 (Rowing). 1912/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 27 (The Garden of Love).1912/The Metropolitan Museum of Art
Improvisation 28 (second version), 1912/GUGGENHEIM MUSEUM, NEW YORK CITY, NEW YORK
Improvisation Deluge. 1913/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
Improvisation 30 (Cannons). 1913/The Art Institute of Chicago, USA
Improvisation 35, 1914 /KUNSTMUSEUM BASEL, BASEL, SWITZERLAND
Improvisation Gorge. 1914/Munich, Städtische Galerie in Lenbach, Germany
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| ワシリー・カンディンスキー | 20:02 | trackbacks(9)
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