一定期間更新がないため広告を表示しています
この「聖母子と諸聖人」は、アントヴェルペンのアウグスティノ会聖堂の主祭壇画だった。幼子イエスは聖カタリナに神の花嫁としての指輪を与えている。聖ヨセフ、ペテロとパウロ、そして聖ヨハネが壇上にいる。
油彩スケッチ アレクサンドリアの聖カタリーナというタイトルになっている
下には、右からトレンティーノのニコラウス、ラウレンティウス、アウグスティヌス、アキテーヌのグリエルムス、セバスティアヌス、ゲオルギウス、そして聖女のアグネス、アポロニアに続く。
勘違いをしている人も稀にいるけれど、ルーベンスの遺言で墓に装飾された作品は、こちらの方だよね。左がルーベンス、聖母マリアがイサベラで、マグダラのマリアがエレーヌだという。そして天使たちが子供たち。ヴァン・ダイク作とされていて、後世の手でその名が入っている。
アントワープ王立美術館 マギの礼拝(東方三博士の礼拝)
ルーヴル美術館 マギの礼拝(東方三博士の礼拝)1626-27
「羊飼いの礼拝」 ルーベンス RUBENS
ソワソン大聖堂 Cathédrale de Soissons
「 羊飼いの礼拝」 Adoration des bergers
ルーベンス ルーアン美術館所蔵 RUBENS musée des beaux-arts de Rouen
「 羊飼いの礼拝」 Adoration des bergers
この3枚の「羊飼いの礼拝」だが、いずれもルーベンスになっていた。そんなわけないんだが。切手に刷られているのが老婆の顔だけ。それを頼りに探した「羊飼いの礼拝」・・・。
手がかりの顔 RUBENS ルーベンス
この顔に一番近い雰囲気のものが一番左側。でも手持ちの資料のものは顔が小さくて判別しにくい。
RUBENS ルーベンス
1608 St.-Pauluskerk, Antwerp (聖パウロ教会、アントワープ)
RUBENS ルーベンス エルミタージュ美術館
oil sketches 1608 Hermitage Museum
ルーベンス自身が同じ主題のものを描いても、同じ構図のものを何枚も描くかい。たぶんそのうち2枚は模写かも。と思っていたら・・・。1枚は油彩スケッチだった。
RUBENS ルーベンス フェルモ市立絵画美術館
Pinacoteca Civica, Fermo
この油彩スケッチはフェルモのサン・スピリト教会(Santo Spirito , Fermo)に納めるもの。この3枚目が教会のために描かれた作品らしい。
次の作品はルーベンスの模写。
RUBENS Peter Paul (d'après) Adoration des bergers,Adoration des mages
トゥールーズ、オーギュスタン美術館蔵 musée des Augustins Toulouse
左の「羊飼いの礼拝」はルーアン美術館(musée des beaux-arts de Rouen)の模写で、右の「東方三博士の礼拝」は、「聖母子と諸聖人」、「マギの礼拝(東方三博士の礼拝)」を詰め込んだような模写。たぶん、あとで紹介するメヘレン、シント・ヤン聖堂の「マギの礼拝」を左右逆に描いた感じが強い。どちらも作者不詳(同じ人だと思うけれど)。
Full size image→「Adoration des bergers」
Full size image→「Adoration des mages 」
東方三博士の礼拝(マギの礼拝) 1634 ルーベンス RUBENS
ケンブリッジ大学のキングス・カレッジ教会 The Chapel of King's College, Cambridge
ルーベンス ロンドン・ナショナルギャラリー RUBENS The National Gallery, London
ルーベンス リヨン美術館 RUBENS Musée des Beaux-Arts de Lyon
ルーベンス プラド美術館 RUBENS Museo Nacional del Prado
このプラド美術館の「マギの礼拝」(1609)の下絵は、フローニンゲン美術館に所蔵されている。
ルーベンスの「東方三博士の礼拝(マギの礼拝)」は、サンスーシ宮殿、輪島のイナチュウ美術館にもある。イナチュウ美術館のサイトに掲載されているのは、どう見ても部分で残念。
The Sint-Janskerk (メヘレン、シント・ヤン聖堂)
この作品は1617年に完成。それ以来いまでもここにある作品。翌年にヴァン・ダイクが弟子になる。1615年から17年にかけて、ルーベンスの年譜が略されている時期。購入した館の増築を自分の設計で手がけていた頃。
Sint Jan Baptist en Evangelist kerk te MECHELEN
The Sint-Janskerk (メヘレン、シント・ヤン聖堂)
ルーベンスは日本の徳川幕府の頃だから、400年以上の作品もあるわけだ。修復された作品もあるけれど、僕が持っている古い美術雑誌の掲載作品は、ぼかしているので、たぶんひどい状態だったからだろうか。輪島のイナチュウ美術館のは、どうなんだろう。ぜひいきたいっていう作品画像を掲載してくれれば嬉しいんだけど。
僕のルーベンスの美術館所蔵別シリーズ
ルーベンス アルテ・ピナコテーク
ルーベンス ウィーン美術史美術館
ルーベンス プラド美術館から1点
ルーヴル美術館マリー・ド・メディシスの生涯
ほかの人の美術館別記事
ルーベンス アントワープ王立美術館
ルーベンス リヒテンシュタイン美術館
ルーベンス アントワープ・ノートルダム大聖堂
ルーベンス ロンドン・ナショナル・ギャラリー
ルベンスと妻エレーヌ・フールマンに息子ピーター・ルーベンス 1630年代
シュザンヌ・ランデン (シュザンヌ・フールマン)
彼女はエレーヌの姉で、ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵の「麦藁帽子」の女性。ずいぶんとイメージが違う。この人ははやくに亡くなっているはずだ。
ルーベンスの最初の妻が亡くなってエレーヌと結婚。最初の妻イサベラとルーベンスの肖像画はアルテ・ピナコテークの記事から。エレーヌの「毛皮さん」はウィーン美術史美術館の記事から見て。
ブリューゲル&ルーベンス アケローオスの饗宴 1615 オウィディウスの変身物語から
ブリューゲルとのコラボは、ブリューゲルにあわせた描き方で、ルーベンスは控えめに、そしてブリューゲルらしく描いている気がする。ブリューゲルとのコラボは三美神もある。記事「ルーベンス ディアナ」は、ブリューゲルとのコラボやそのほかのコラボの記事も文中でリンクしている。
マリー・ド・メディシスの生涯があるなら、夫アンリ4世の生涯も描く準備はしていたよう。リュクサンブール宮殿の東翼ギャラリーに装飾するため、マリー・ド・メディシスの生涯とアンリ4世の連作をルーベンスに依頼していた。連作の中央はウフィッツイ美術館にある「アンリ4世の凱旋」(オイルスケッチ)を予定していたらしい。エルミタージュには「アンリ4世の誕生」、「アンリ4世とマリー・ド・メディシスの結婚」のオイル・スケッチが所蔵されている。
狼と狐狩り 1615-21 ルーベンス&工房の生産作品(Rubens, van Dyck ? )
ルーベンスはデザイナーのように作品をスケッチし仕上げることもあるが、そのスケッチの原画とおりにルーベンスの工房で、同じ作品を何枚か制作している。なんか、立ち上がっているのは狼だろうか。大猫のように見えた。→追記:メトロポリタン美術館のこの作品はルーベンスとヴァン・ダイク(Rubens, van Dyck )らしい?
ヴァン・ダイクは1621年頃から1627年頃までルーベンスの弟子だった。
このヴァージョン(バリアント)も何枚かある。ウィンザー城の他にもあるということだ。ウィンザー城の「聖家族と聖フランシス、アン、幼子ヨハネ(聖家族とアシジの聖フランチェスコ)」は1628年の作品で、ルーベンス自身の作品だと思われていた。
このメトロポリタンの聖家族と諸聖人は、いくつか大幅に修正されたものらしい。そしてこの作品も助手の手が加わっている。
ご存知のヴィーナスとアドニス。ルーベンスは1601年にヴェネツィアでヴェロネーゼやティツィアーノを観ている。ティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」はフェリペ二世が所有していたもので、1603年にマントヴァ公からフェリペ三世のところへ遣わされているし、その後はティツィアーノの模写も依頼を受けている。
この作品はプラド美術館所蔵の。ティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」とは反対に後ろの向きで描かれたように見える。
ティツィアーノ 「ヴィーナスとアドニス」 メトロポリタン美術館
ティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」は現存する二つのバージョンがあった。ひとつはメトロポリタン美術館に所蔵されている。助手の手もはいっている作品。ルーベンスが、実際に観たティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」はプラド美術館所蔵のものらしい。
さてちょっとだけ脱線させてほしい。ティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」はもうひとつバージョンがあるのか?1570年のファルネーゼ家(Farnese family lost)のティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」は消失。これは模写なのか、ポスターでは次のような作品がプラド美術館所蔵のティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」として紹介されている。
ところで、ルーベンスが実際に模写したティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」(Rubens copied Venus and Adonis)はどこにあるの?
テオドール・ヴァン・テュルデンは一説によると、ルーベンスの模写したティツィアーノの「ヴィーナスとアドニス」の模写だっていうのもあるけど。
ルーベンス 「ヴィーナスとアドニス」 1611-15 マウリッツハイス美術館
ルーベンス 「ヴィーナスとアドニス」 1610 デュッセルドルフ・クンスト パラスト美術館
ルーベンス 「ヴィーナスとアドニス」 1614 エルミタージュ美術館
この3枚のバージョンがある「ヴィーナスとアドニス」は、ルーベンスの助手、工房作品と加えたほうがいいかもしれないなんていう説がある。きっと誰かの手が加わっているのさ、って言う意味だと思うのだが。どうなんだろう。
ルーベンスは作品を売るときに、ルーベンス自身のもの、助手の手が加わっているもの、他の画家の手が加わっているもの、ルーベンスの工房の生産作品のものと、値段も変えていたという。
酩酊するシレノス 1616-17
レウキッポスの娘たちの略奪 1617-18
スザンナと長老たち 1636-39
ライオン狩り 1618年頃、1621年頃とも
「猪狩り」(1618年頃)というのが、ドレスデンの国立絵画館に所蔵されている。この頃狩猟の作品が多い。次の作品がこの下絵になる。
ライオン狩りの油彩スケッチ
レオナルド・ダ・ヴィンチの「アンギアリの戦い」(模写のみ)からインスピレーションを得たという作品。狩猟の作品は王侯貴族の装飾として飾られた。
アンギアリの戦いは
記事 レオナルド・ダ・ヴィンチ 「救世主」誕生の「受胎告知」から
ルーベンスの作品の中でこれ以上ないほどバロック的らしい。ルーベンスの友人のコルネリス・ファン・デル・へーストが当時所有していた。
キリストの埋葬 1616年頃
地獄堕ち 1620-21
最後の審判 1615
アルテ・ピナコテーク所蔵 マリー・ド・メディシスの生涯 油彩スケッチ
ルーベンスの「マリー・ド・メディシスの生涯」の24作品(21作品+3作品)は、ルーヴル美術館。全作品の画像は下記記事から。
記事 ルーベンス マリー・ド・メディシスの生涯 24作品+マリー・ド・メディシスの運命
この記事で使用している画像は、全体の作品が損なわれないように、ほんのすこしだけ画像に手を加えている。申し訳ないけど画像を使用したい場合は、完璧ではないことを念頭に、断りをいれてください。
神々の評議会/あるいはマリーの統治(マリー・ド・メディシスの生涯 油彩スケッチ)
マルセイユ上陸(マリー・ド・メディシスの生涯 油彩スケッチ)
花輪の聖母子 花輪はヤン・ブリューゲル (父)
Jan Bruegel the Elder and Peter Paul Rubens
これはルーヴル美術館の「花輪の聖母子」と同様に、ヤン・ブリューゲル (父)が花輪を描いている。ヤン・ブリューゲル (父)とルーベンスはご存知のように親しい友人同士で、ヤン・ブリューゲル (父)の「視覚の寓意」や「臭覚の寓意」など、共同制作が多い。
記事 ブリューゲルとルーべンス 五感の寓意画
またルーベンスはヴィレム・ファン・ハーヒトの「コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集室」を所有していたのかどうかわからないが、ルーベンスハイスに所蔵されている。この「コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集室」にはルーベンス自身も描かれていて、先の「アマゾンの戦い」も画中画として描かれている。
記事 ヴィレム・ファン・ハーヒトの「コルネリス・ファン・デル・ヘーストの収集室」
記事に使用したルーベンスの画像おまとめは「パリスの審判」が6枚、そのきっかけとなった「ペーレウス(ペレウス)とテティスの結婚」、そのほか「ヴィーナスの化粧」、「ヴィーナスと鏡をもつクピド」が掲載。
記事 Rubens ルーベンスのヴィーナス
あと、僕の過去記事でルーベンスの作品を画中画に描いているものがある。
記事 ヨハン・ゾファニーの作品 「ウフィツィ美術館の特別展示室」
ビールのラベルにも使われている「アダムとイヴ」
記事 ルーベンス 楽園のアダムとイヴ 禁断の果実のビール
さっき書いた記事
ヴィック・ムニーズ ルーベンスの樽にまたがるバッカス