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記事 「 ブーガンヴィル航海記補遺 by ディドロ
記事 「第3章 司祭とオルーの会話/第4章 司祭とオルーの会話の続き

上の2つの記事は面白おかしく書いたつもりなので、そのあとだとちょっと真面目な記事になるかも。前期時同様に参考本「世界の名著 ブーガンヴィル航海記補遺」より要約をしている。(90%カット)そして文法も少々変えたのをご承知のうえでどうぞ。

第2章 老人の別れの言葉



Supplement Au Voyage De Bougainville
by Denis Diderot


語っているのはタイトルどおり老人だ。ブーガンヴィルがやってきた時に、侮蔑のまなざしを投げかけた老人。

タヒチ人へ
「野心に取り付かれたこの者たちの正体がいまにはっきりするだろう。彼らはまたここに戻るだろう。片手には十字架の形をした木切れをもち、もう一方の手に剣を握り、我らの喉笛を切り、従わせ、不幸になるだけだ。」

ブーガンヴィルに
「さっさと船を遠ざけてくれ。
われわれは自然がくれた純粋な本能に従って生きている。
この島では、なんでも共有だ。

おまえは女たちに新しい感情を燃え上がらせた。
嫉妬のにこの島に、残忍と憎しみを生み出した。
われわれは自由に生きている。
それを奴隷にするという印を埋め込んだ。」



Faa Iheihe タヒチの牧歌 1898年
ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)


オルーに、ブーガンヴィルらに、タヒチ人に

「言葉がわかるオルーよ。この島に奴らが書き込んだ言葉をみなに聞かせてくれ。・・・"この土地はわが国(フランス)の領土なり"。

いったいどういうわけだ。われわれは同じ人間と尊重して迎えた。

われわれの風習をそのままそっとしておいてくれ。ブーガンヴィルらの風習よりずっと懸命でまともなのだから。ブーガンヴィルらがタヒチ人を無知と呼んでいるものと、彼らの役にたたない知識とを交換しようとは思わない。

結局手に入れるのは幻の利益だけだ。

この島に禍あれ、われわれはただひとつの病しか知らぬ。それを新しい病を持ち込んだ。愛撫されておこる病毒。この島に禍あれ。」



Woher kommen wir Wer sind wir Wohin gehen wir
われわれはどこから来たのか
われわれは何者か われわれはどこへ行くのか(1897-1898年)
ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin)


絶対王政での植民地政策(イ14世記事をどうぞ。)からルイ15世、ルイ16世、ナポレオンと続くフランスの植民地化。ヨーロッパは大航海時代との侵略で、原住民の絶滅も多かった。スペインがアメリカ大陸を植民地化では、原住民すべてを殺戮。あるいは奴隷として船に乗り込ませ、帰港のときには死に絶えていたという話がある。

人間の悪しき業を植え付け、そして病毒。

原住民がもたなかった病毒は、侵略のヨーロッパ人が持ち込んだ。

進化論とは違う弱肉強食。自然淘汰ではない意図的な人間の野心と病毒をもつ人間たちの侵略のための絶滅。

フランスの歴史では、西インド諸島のマルティニーク島の原住民を1658年(ルイ14世の時代)に殲滅し、純潔の島民は絶滅。

ルイ15世の時代に生きたドゥニ・ディドロはこうした史実を、この老人の口を借りて、ブーガンヴィルを批判しているのだよ。
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