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ヴェルサイユのカール・ラガーフェルド


シャネルがスポンサーとなり、2009年6月28日まで、1650年から1800年までのヨーロッパの王室の衣装を展示する「宮廷の威光と王家の儀式 Fastes de Cour & Ceremonies Royales (Court Pomp & Royal Ceremony)」を開催していた。

カール・ラガーフェルドは「この展示は、ドレスのルールの精神性を象徴している。」とコメント。フランスのコレクションのほとんどはなくなってしまっているため、展示はロンドンのビクトリア・アルバート博物館や、サンペテルブルグのエルミタージュ、ストックホルムのRoyal Armoury、デンマークのRosenborg Castle、ドレスデンのGreen Vaultなどから集められていた。



ルイ15世の肖像画 部分
ルイ=ミシェル・ヴァン・ロー 作
(Louis-Michel VAN LOO)



1722 Crown of Louis XV
フランス国王ルイ15世の王冠
ヴァン・ローの肖像画と同じもの



2009年 「宮廷の威光と王家の儀式」でのカール・ラガーフェルド




パニエの形が相違するドレスのシルエット 左が前後の膨らみがなく横に広がったもの



ジュストコール、ジレ、キュロットの組み合わせ 18世紀頃?


シャネルが何世紀も前の服飾や儀式のエキシビジョンにスポンサーとしてかかわったのか、それはカール・ラガーフェルドのコメントでもあるが「ドレスのルールの精神性」というところから、現代の服飾の「流行を生み出す」という原点に立ち戻ることも意味していたのではないか。



全体像は過去記事「ルイ14世 唯一の信仰 唯一の法 唯一の王」から


このファン・デル・ミューレンの1659年の作品は、ルイ14世とスイスの大使との謁見の場面だ。ルイ14世の時代となる17世紀後半だが、前半はオランダ、スペイン、イギリスに遅れをとっていた。

ルイ14世の時代になると積極的な経済政策をとり、金銀糸織物、レース、モール、ベルベットなどの国内生産と国内消費を徹底したのだ。

重商政策でコルベールは「フランスにとってのモード産業は、スペインにとってのペルーの鉱山である。」と、 フランスの織物産業の発展を銀の大産地に譬えたくらいだ。

このスイスの大使との謁見でルイ14世が着用しているのがオー・ド・ショースと組み合わせて着る「ラングラーブ」(スカート状の短ズボン、キュロット?)というものらしい。そして「リボン飾り」である。



ラングラーブを着たルイ14世
うしろにマザラン、アンヌ・ドートリッシュ、弟王弟王フィリップ1世(オルレアン公)


シャルル・ルブランが1660年にタペストリーの下絵として描いたルイ14世とスペインのフェリペ4世、そして妃となるマリー・テレーズが描かれた作品は、うえの写真画像にある「独特な横広がりのドレス」とおなじようなスタイルだ。

これまではスペインがモードの中心だった。

黒という色の流行、ラフの使用、構築的な様式は、政治の中心がいまフランスへと移行するように、バロック・スタイルのルイ14世へ渡される宿命図のような作品。ちなみにこのとき画家ベラスケスも同行しているはず。

さて、ルイ14世は華美なバロック・スタイル(Barroco Style)。鬘、羽根飾り、レースで装う。

上衣はラングラーヴに収縮したプールポアン(pourpoint)、キャノンズ(canons)を着用し、大きな襟飾り、スラッシュした袖にシュミーズをのぞかせている。



フェリペ4世(Spain)


今年没後350年となったディエゴ・ベラスケスが描いたフェリペ4世。黒のモードだ。うえのピレネー条約でのルイ14世との会見は、スペインの敗戦を物語っている。この時代のスペインは斜陽の帝国。うしろに控えるマリー・テレーズの持参金を払えなかったことにより、フェリペ4世亡き後の後継者カルロス2世が若くして逝去するとスペイン継承戦争(1701年 - 1713年)が起こる。スペインの衰退の極みがこの戦争だった。

ちなみにベラスケスがこの作品に描いた真実の顔も同じ記事からみることができる。
過去記事「スペイン継承戦争 フェリペ5世への箴言

画家アントニオ・デ・ペレーダーは、スペイン・ハプスブルグ家の寓意画を描いている。
過去記事「落日の寓意画 アントニオ・デ・ペレーダ(ハプスブルグ家の寓意画)




王位・王権の統治権を象徴する標章のひとつ ルイ15世の王笏
イアサント・リゴー作の肖像画「ルイ15世」に描かれている実物。



ルイ15世 (部分) イアサント・リゴー作 1730年


「王権の標章」は、crown、scepter、orbの3つがある。王冠、王笏(笏杖)、オーブは伝統を象徴する宝器で、宝珠と訳されることが多い。これに加えてホーリー・ランス(聖槍)もある。

ちなみにルイ15世がフェリペ4世なのかもしれない。フェリペ4世は政治に無関心で芸術に心を寄せていた。ルイ15世も同様に政治に関心がなく女性に心を寄せていた。そしてルイ16世によってフランス革命は起きた。

モードも衰退もスペインより一歩遅れて。



肖像画 モリエール(Moliere)
ピエール・ミニャール(Pierre Mignard)


ルイ14世のお気に入りの一人だったモリエールは、装飾過剰なバロック・スタイルを諷刺する。

1661年の「亭主学校」ではこんな台詞を役者に言わせている。
「ふくれあがって顔もみえない金髪をつけろと言うんですか。
腕の下に隠れるような小さな胴着を着ろと。
へその下まで垂れ下がる長い襟飾りをしろと・・・。
そして食事でソースがついてしまう袖をつけろと?
オー・ド・ショースをつけ
飾り立てたリボンなど、足まで羽のはえた鳩になる!」

「町人貴族」では
「仕立て屋の話しでは、身分の高い人は朝のうちにこんななりをなさるとか」とインド更紗を揶揄しているが、ミニャールの肖像画「モリエール」では、まさにモリエールがインド更紗を着ているように見えるんだけど?



Louis XIV de France


「この展示は、ドレスのルールの精神性を象徴している。」とカール・ラガーフェルド。ルイ14世の時代からヨーロッパの服飾は世界の服飾として形成しはじめた。

ルイ14世自身が趣味と言葉つかいの規範をつくり、新しい服装や食習慣の流行を生み出し、優雅さや趣味のよさを競うようになる。

素材や色、ディティール、頭飾、組み合わせ。
クチュリエールとタイユールの分業。
コスチューム・プレートにモード情報誌の先駆。
アクセサリーの重用に元祖ネクタイ。

この時代に現代のモードや織物業の基盤ができあがった。そしてルイ14世のルールやマナーはその服にふさわしいものを生み出したわけだ。

なんだってさ。

この時代の女性のモードはこちらから。→「ヴィヴィアン・ウェストウッド 画家 ヴァトーのドレス
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