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このセレスタン・ギタールの日記は、僕がトピックし、引用・要約しているので、フランス革命下の一市民の日記 セレスタン・ギタール著 レイモン・オベール編 河盛好蔵藍訳 中央公論社 を実際に読んでみてください。

この記事で注釈をしていないところなんか、インターネットで自由に検索すれば答えがでてきます。

感想のほか、この日記や注釈で、あれっ?って気がついたところは、僕なりにコメントしてます。で、気がつかないところもあります。以上。


フランス革命下の一市民の日記 1791年 9月

 
9月3日 土

きょう午後9時、国民議会を代表する60名の議員が国王に憲法を提出に行った。

もし国王が憲法の批准を拒否すれば王位を失い、もはや国王ではなく何でもないただの人間になる。

もし国王が受託すれば、国民会議で憲法を守ることを誓約しなければならない。

1789年5月5日に着手し、2年5カ月を要した。

国民会議議員が参内したとき、会議室で大臣たちともに国王は平服に帯権に青綬をつけ起立して迎えた。

国王はパリの国民衛兵司令官ラ・ファイエットに国王警固のための軍本部を設置するように命ずると話した。

この瞬間に王の拘留は解除されたとみなされ、王の逮捕以来閉鎖されていたチュイルリー宮は、昨夜解放された。

すぐに一般の人が庭園に入り、いつものように散歩を楽しんだ。

王に憲法を提出したのはトゥレ氏である。

9月6日 火

きょう、パンが10ソルに値上げされた。パンの値上がりで民衆のあいだに不穏な動きがある。

9月14日 水

1791年9月13日火曜日、司法大臣が王の直筆、王の署名がある書翰を国民議会の議長に手渡した。

王は9月3日に送られた憲法を検討した結果、受託し、施行する旨を宣言。14日正午に憲法が起草された議事堂に臨幸し、議会と国民にもう一度これを繰り返すと告げた。

王は全国民に許しと忘却を乞うた。

王の書翰が非常に感動的で、一般民衆も議員も涙を流した。ただ貴族階級だけは一言も発しなかった。

誰もが歓喜に酔い、「国王万歳」と叫んだ。

このあと、ラ・ファイエット氏が演説をした。

「私は王の逃亡事件で告発されたすべての人の起訴免除と、革命のためにおかされた犯罪の刑の免除、通行証の廃止、国内の往来自由の法案を、議会に上程することを提案します。」

国民議会は即刻この提案うぃ法令として布告した。

きょう、1791年9月14日水曜日は、王にとっても国民にとっても忘れられない日になるだろう。フランス国家が成立して1400年このかたもっともすばらしい日といえる。

きょう初めてフランスは憲法をもち、立憲君主をもったのである。

(王一家登場の場面も大幅に略)

9月14日はフランスと国王にとって、もっとも輝かしい日である。

貴族がこの世から姿を消す日である。高等法院も、修道士も修道女も徴税請負人もいなくなる。

今度こそ、すべてが完成したのだ。

9月20日 火

王、王妃、王妹エリザベート殿下はきょうオペラ座に行幸になった。演物はカストールとポリュクスである。

9月25日 日

王は御内帑金で堤燈を、シャン・ゼリゼの木、エトワール広場、チュイルリー宮殿の庭にかざられた。

9月26日 月

王、王妃、王太子がコメディー・フランセーズへ行幸になり、最大の拍手で迎えられた。王は憲法にいかに深い関心をもち、国民と喜びを分かち合っているかを示すため、王室費で飾燈をつくらせたと市長に手紙で報せ、さらにパリ四十八区の貧しい人たちに配分するようにと5万フランを贈った。

9月30日 金

きょう9月30日金曜日、金で刺繍したビロードの礼服を着た式部長と式武官が、大きな金文字で「国民、法、王」と書いた法衣を上に羽織り、宮廷のトランペット奏者と騎馬行列を従えて、国王の名代として憲法の布告をおこなった。

王は3時に国民議会へ臨幸し、閉会を宣し、退席。

王の演説は大喝采を浴び、多くの人が感涙にむせんだ。

立憲国民会議解散。宣誓拒否司祭の年金の支給。徒刑囚の解放。


僕の注釈

この9月も本書の注釈はない。

おもしろいのは、9月14日の演説である。アンドレ・カストロ著 村上光彦訳の「マリ=アントワネット」(みすず書房)では、議会で演説する国王は誰も起立せず屈辱を受けたという物語になっている。

この小説ではルイ16世が抱きしめるマリー・アントワネットに「あなたはこの屈辱の目撃者だったのだ。あなたがフランスに来たのはこうしたことを見るためだったとは!」という台詞をあたえている。

ところがセレスタン・ギタールの日記では、貴族は一言も発しないが「王の書翰が非常に感動的で、一般民衆も議員も涙を流した。」とある。

そうして、この2月から僕はこの日記をトピックしているが、この14日以降、王や王妃はオペラ座やコメディー・フランセーズに出向いている。

お得意の国民への演説、そして王室費で飾燈をつくらせてもいる。

Sai の言う、「事実と真実の違い」ってこういうことだろうな。

たしかに貴族は一言も発なかった。「そこだけ」を、小説では王と王妃の絆に視点を変えて描いたのだろう。

このときフェルセンはどこにいたのだろう。オーストリアに亡命していた時期がある。それはこの年の6月ヴァレンヌの逃亡からだ。

マリー・アントワネットはオーストリアに亡命しているフェルセンに頼み、諸外国にフランスに攻め込むよう策を練っていたのだ。

マリー・アントワネットは、「王の書翰が非常に感動的で、一般民衆も議員も涙を流した。」と思わず、小説と同じく「屈辱の目撃者だったのだ。」と思ったのだ。

だから、フェルセンにはそのまま動いてもらったのだろう。議会の国王の演説の成功は報せずに。

ルイ16世はどうだったのか。感涙した民衆や議員をみて、国王自身も感涙したのではないか。

それをアントワネットとフェルセンが、小説のようにドラマティックに破壊していく。Sai がフェルセンを記事で「志を腐らせる人物」と書いていたいたが、そうかもしれない。

記事 惨殺されたフェルセンの最期

国王はこのとき、フランス国民と法と国王との関係に志を持ったのかもしれない。

そして暗殺されたグスタフ3世と貴族の関係。まさにルイ16世はグスタフ3世と貴族の関係に倣ってしまったわけだ。

この関係を改善できる国王ではなかった。ここが無能といわれるところではないか、ミラボーのような腹心がいないということが。

記事 クレリーの日記 2 タンプル塔の無能な王

さて、このルイ16世の演説のあと、2月からの騒動は少なくなった。にもかかわらず二人(フェルセンとアントワネット)のやりとりが、ブルトゥイエ男爵(ブルトゥイユ男爵)にフランス進攻を催促させることとなった。

この年の年末のことである。

だが、1791年のフランス革命下の一市民の日記のトピックはこの月で終わりとする。次回からは1792年とトピックしていくつもり。

マリー・アントワネット関連記事
マリー・アントワネットが愛したもの
ハプスブルグ家 マリア・アントーニア
王太子妃 マリー・アントワネット 4つの不吉
マリー・アントワネット フランス紀行から

ルイ16世関連記事
クレリーの日記 1 ルイ16世の遺書
クレリーの日記 2 タンプル塔の無能な王

追記:このブルトゥイエ男爵(ブルトゥイユ男爵)とフェルセンの手紙のやりとりが、Saiの記事「惨殺されたフェルセンの最期」に書かれていた。(ちゃんとおまえの記事読んでんだぞー)。1792年のやりとりだが、8月頃ではないかと僕の予測。



フランス革命下一市民の日記 過去記事一覧

テルール(恐怖)のあと (1794年8月〜12月)
ジャコバン派独裁 恐怖政治編 (1794年1月〜7月)

ロベスピエール編
ロベスピエール編 その1 (1792年12月〜1793年7月)
ロベスピエール編  その2 (1793年8月〜1793年12月)

1793年
フランス革命下の一市民の日記 1793年 1月
フランス革命下の一市民の日記 1793年 4月
フランス革命下の一市民の日記 1793年 7月
フランス革命家の一市民の日記 1793年10月

1792年
フランス革命下の一市民の日記 1792年の3月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の4月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の5月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の6月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の7月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の8月
フランス革命下の一市民の日記 1792年の9月
フランス革命下の一市民の日記 1792年 10月
フランス革命下の一市民の日記 1792年 12月

1791年
フランス革命下の一市民の日記 1791年の2月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の4月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の5月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の6月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の7月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の8月
フランス革命下の一市民の日記 1791年の9月

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