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このセレスタン・ギタールの日記は、ほとんど毎日のように綴られている日記から、僕がトピックし、引用・要約(かなり短く)しているので、フランス革命下の一市民の日記 セレスタン・ギタール著 レイモン・オベール編 河盛好蔵藍訳 中央公論社 を実際に読んでみてください。

この記事で注釈をしていないところなんか、インターネットで自由に検索すれば答えがでてきます。

感想のほか、この日記や注釈で、あれっ?って気がついたところは、僕なりにコメントしてます。で、気がつかないところもあります。以上。


フランス革命下の一市民の日記 1792年 7月

7月7日 土
国民議会の代議士全員の間で大いなる和解が成立した。もはや右翼、左翼はない。みな入り交ざって席についた。まことに銘記すべき日である。

彼らはフランスには共和制も二院制もしかれることはないと誓いあった。

パリ市長のぺチヨン氏とコミューン代理官のマニュエル氏は今日解雇された。この和解の証人として、使節と共に王は到着した。議会と傍聴席から拍手が沸きあがった。

王は語った。「私は前々からこのような和合を念願していた。王と国民は一体不可分である。われわれは自由と憲法を守るために力をあわせようではないか。」

人々は国民万歳、自由万歳、王様万歳」と叫びながら王を宮廷へ送り届けた。

このような和合をかつて考えることができただろうか。これは主のお導きである。主よ、この和解が真実のものでありますように。

(略)

7月13日 金
6月20日の事件で停職させられた市長ペチヨンが今日復職した。

7月14日 土
セリエ夫人、ストラフォレリ氏と一緒にシャン・ド・マルスの連盟祭にでかける。

7月22日 日
「祖国は危機にある。」の宣言で、パリ8ヶ所に野外劇場がつくられ、テントが張られた。テントの先には自由の帽子がかけられ、周りは柏の葉の冠で飾られた。

野外劇場で危機にある祖国の敵と戦う志願兵を微募していた。1万人を越す若者が志願した。さらに増えるだろう。まるで熱に浮かされたように誰も彼もが志願する。愛国心は頂点に達した。いまや命を惜しむものは一人もいない。

全市民が敵に向かって突進する意気込みだ。死を恐れる者は一人もいない。


本書の注釈 僕の注釈

読んでいておわかりだろうが、すでにこの頃は国民議会ではなく、立法議会なのだが、ギタールはずっと国民会議としている。

7日、パリ・コミューンは和解した。

司祭のラムレット(ラムーレット)(Antonine Adrien Lamourette,1742−94)が立法議会で、左右両派をの和合を求めた「ベゼ・ラムレット(baiser Lamourette)」と呼ばれる演説を行った。

新聞各紙が報道したのは「だが、その日の夕方には対立が吹き返す。」というユダの接吻だった。

ラムレット(ラムーレット)の抱擁とはつかの間の和解のことだ。ラムレット(ラムーレット)の接吻はユダの接吻だと。司祭のラムレットの和解の演説は一日もたなかったのだ。

ちなみにオランプ・ドゥ・グージュも「男と女の社会契約」のパンフレットを配布したとある。

ギタールが「パリ市長のぺチヨン氏とコミューン代理官のマニュエル氏は今日解雇された。」と書いているが、6月20日のチュイルリー宮殿侵入事件で、本書の注釈に「多くのフランス人は王への忠誠の表明をもって応え、パリの参事会執行部はペチヨンとマニュエルの罪状を審議しはじめた。」とある。

その結果が7月7日の解雇となったのではないか。そして1週間たたずして、ギタールはその復職を13日に記している。

記事 フランス革命下の一市民の日記 1792年の6月

さて、ペチヨン氏と邦訳されているのはペティヨン氏のことだ。ジロンド派のジェローム・ペティヨン・ド・ヴィユヌーヴ (1756-1794)は、6月18日にチュイルリー宮殿侵入事件オランプ・ドゥ・グージュから手紙をもらっている。

内容は6月20日のチュイルリー宮殿侵入事件に関してだ。

記事 オランプ・ドゥ・グージュ 復讐の女神

実はこの7月7日の日記はまだあとがある。(略)とした箇所だが、それは後日に書き足された部分だと思う。

7月7日 土 (略)の部分

主よ、この和解が真実なものでありますように。

この抱擁と和解は長くは続かなかった!

−−−8月10日。チュイルリーでの虐殺。人々は不安におののいていた。
−−−8月13日。王、王妃、その家族がタンプル塔に収監された。
−−−9月  2日。多くの監獄における司祭や囚人の虐殺。

注意−−−9月の初頭、人々は自由と平等をあくまで守り、そのためには死をも辞さぬことを新たに誓った。。

注意−−−人々は誓いを新たにした。すなわち外国の君主がフランスに法律を押し付けることを
決して許さないこと。王や専制君主らに穢されていない「自由の王笏」を国民公会に捧げることを誓ったのである。

ここで、7日のギタールの日記は終わる。

本書の注釈は以下だ。

「純真無垢で寛容なリヨンの立憲派ラムーレットが、外患に直面したいま、一切の争いを忘れようと発言。これに群集心理が傾き、「8月4日の夜」のように(1789年封建制の廃止の決議)互いに抱き合った。ルイ16世は全盛期のように歓呼して迎えられた。「だが、その日の夕方には早くも、あらゆる対立がふたたび息を吹き返した。ラムーレットの口づけ(ラムーレットの接吻)は、ユダの口づけに他ならない。」と新聞各紙は報じている。」とO・オブリから引用している。

ふと、このギタールの一市民の日記に首をかしげるところが多い。これだけのことを書ける人が、歴史にも残る事件のいくつかを書いていない。

それはいずれ、まとめてみたいと思う。

14日のシャン・ド・マルスの連盟祭。昨年の7月17日にシャン・ド・マルスの虐殺事件が起こった。

記事 フランス革命下の一市民の日記 1791年の7月

僕はほとんどこの日記は要約しているが、この日のギタールの日記は、ほんとこれだけ(天気、気温は省略しているが)。

ところが本書の注釈は長い。

「この連盟祭は復職したペティヨン礼賛に終始した。国王は悲しげな様子のうちにも威厳をもって、王妃は顔青ざめ、うつろな目をして式典に参加。国王と王妃を迎えたのは、「ペティヨンか、しからずんば死を。」という叫びだった。強烈な愛国者の告民衛兵が武装して国王夫妻の立つ演壇の前を行進。ルイ16世は、祖国の祭壇まで行って、憲法にかけて宣誓した。軍隊と群集は「国王万歳」と叫ぶ。驚いた王は何度も会釈をする。いまはもう「王」の臣下ではない国民が、まだ国王を愛しているなんてことがあるだろうか。そうだ、革命があまりにも早く進みすぎたために、フランスは内心もうこれ以上進んで欲しくないと願っているのだ。」とO・オブリの「フランス革命」から引用していた。

22日の「祖国は危機にあり」のスローガンを掲げた。7月11日の国家国非常事態宣言には触れていないギタール。1791年8月27日のピルニッツ宣言の日の日記も同様。

こうしてこの7月にプロシアのフリードリヒ・ヴィルヘルム(ブラウンシュヴァイク公)の指揮するプロシア軍とフランスが宣戦することになった。

8月になってパリ市民に公式に発表される「ブラウンシュヴァイクの宣言」をさせられたプロセインの大尉。させられたというのはフランス王妃の懇願からであった。

7月11日の国家国非常事態宣言「軍隊がわがフランスの国境に進軍している。自由を恐れる者達が、フランスの憲法に反対して武器を取っている。諸君、祖国は危機にある。」は、このプロシア軍との宣戦だ。

こうして、22日には宣言に応じてフランス各地から義勇兵がパリに集結したわけだ。


 
フランス革命下一市民の日記 過去記事一覧

テルール(恐怖)のあと (1794年8月〜12月)
ジャコバン派独裁 恐怖政治編 (1794年1月〜7月)

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ロベスピエール編 その1 (1792年12月〜1793年7月)
ロベスピエール編  その2 (1793年8月〜1793年12月)

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フランス革命下の一市民の日記 1793年 1月
フランス革命下の一市民の日記 1793年 4月
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フランス革命家の一市民の日記 1793年10月

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フランス革命下の一市民の日記 1792年の3月
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