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フランスの普仏戦争時にパリ・コミューンに属していたと考えられるバベットが、パリの晩餐を理解できない片田舎で、その芸術性を披露する。

料理は重要ではない。

小説「バベットの晩餐会」では、バベットが過去を語る中で歴史上の人物たちが登場するが、パリの住民が組織した抗戦団体パリ・コミューンで、彼女の芸術を保護してくれた宮廷や貴族、文化人たちを敵にまわした。

それは、「労働者として戦うべき」という決意からであり、彼女が「カフェ・アングレ」のシェフを務めていた時代の「顧客」のひとりで、彼女の芸術性を理解していたガリフェ将軍に、追われる立場になる。

カフェ・アングレ(Café Anglais)は、バルザックの「ゴリオ爺さん」( Le Père Goriot)、「幻滅」(Illusions perdues)、そしてフローベルの「感情教育」(l'Éducation sentimentale)にも、この「カフェ・アングレ」が使われている。

実際の19世紀にはスタンダール(Stendhal)、ミュッセ(Alfred de Musset)、アレクサンドル・デュマ(子: Alexandre Dumas)、ユージェーヌ・シュー(Eugene Sue)などのフランスの作家も常連だった。

現在は「トゥール・ダルジャン」(Tour D`Argent)として引き継がれている。



晩餐会の提案をするバベット


晩餐のあと、バベットは姉妹に言う。「あの方々は(←ガリフェ将軍や宮廷の人々)、おふたりに理解することも信じることもできないほどの費用をかけて、育てられ躾けられてきたのです。わたしがどれほど優れた芸術家であるかを知るために。」

あるとき、バベットが留守中に姉妹はいつも食事を施している人々にスープを届ける。それこそ貧しい彼らたちのほうが、その味の違いをその目で判断できた。

たとえ貧しい食材でも、14年間もバベットの作った料理を口にしていた姉妹。姉妹はその味わいよりも、貧しい人々に施している、バベットのスープの不思議な活力と治癒力に驚いていた。

芸術とは何か。

この物語の前半に登場するオペラ歌手アシーユ・パパンが、その答えを彼女に渡したとも言える。



マーチーネ(Vibeke Hastrup ヴィーベケ・ハストルプ)
フィリパ(Hanne Stensgaard ハンネ・ステンガード)


バベットを演じたステファーヌ・オードラン(Stéphane Audran)は、ヌーヴェルヴァーグ(Nouvelle Vague)といわれるフランスの映画運動に馴染みがある一人。

時代は19世紀。プロテスタントの監督牧師の娘のマーチーネ(ヴィーベケ・ハストルプ Vibeke Hastrup/ビルギッテ・フェダースピール Birgitte Federspiel)とフィリパ(ハンネ・ステンガード Hanne Stensgaard/ボディル・キュアBodil Kjer) は美しい姉妹。一人は士官、一人はオペラ歌手と恋をするが、ノルウェーの山麓にある片田舎の清廉な人々の日常は、彼らをこの地に留まらせることができなかった。



姉妹の父 監督牧師


映画の前半は、その村と牧師の父、そして若い姉妹と恋人たちの出会いなどを描いているが、後半のバベットが登場する。1871年に、彼女たちの家に住むことになったバベットの本当の理由が、この前半にある。

1871年、フランスはナポレオン3世と后妃ウジェニーが、英国へ亡命したときでもある。普仏戦争のあと廃位となったからだ。つまりバベットは皇后陛下同様に亡命しなければならなかった。

フランス軍はプロイセンの支援を得て、パリ・コミューンを粛清したからだ。フランス人によるフランス人への鎮圧。フランス革命と一緒。



17年前に監督牧師の家にいた15歳の家政婦


17年前の監督牧師の家には美しい姉妹のほか、15歳の家政婦が一人いた。そしてレーヴェンイェルム夫人のもとに、享楽三昧の将校ロレンスが預けられる。物語では姉マーチーネ(小説ではマチーヌ)に恋をし、告白することができずに軍人として晴れがましい人生を歩む決意をする。



ロレンスが去ったあとの姉妹


そしてロレンスはベアレヴォーを去り、昇進と果たし、スウェーデンのソフィア王妃の侍女と結婚する。史実にあわせればスウェーデン王グスタフ3世の王妃ソフィア・マグダレーナの侍女ということだろうか。

さて、その一年後にパリの有名なオペラ歌手アシーユ・パパン(カトリック教徒)がベアレヴォーにやってきた。監督牧師はプロテスタントであるから、このカトリック教徒を受け入れるには恐れ慄くことだが、フィリッパは彼のレッスンを受け始めた。



ドン・ジョヴァンニとツェルリーナのレッスンで額にキスされたフィリッパの硬い表情


ムッシュ・パパンはフィリッパとパリ・オペラ座でのデュエットを夢見ていた。彼はオペラ界の著名人であり、大きな世界を知っているムッシュ・パパンは、この小さな敬虔なベアレヴォーの村では、その偉大な芸術性が、認められなかった。

ベアレヴォーの村では才能よりも、「良き人々」であることが何よりもすばらしいことだから。



マーチーネ(ビルギッテ・フェダースピール Birgitte Federspiel)
フィリパ(ボディル・キュアBodil Kjer)


このマーチーネ(マチーヌ)とフィリッパの姉妹は、パリの洗練されたファッションもディナーも知らない。知ろうともしない。それが美徳なのか?僕は、ただ自分たち以外の者を排除している気がしてならない。

彼女たちは、贅沢三昧の食事、パリでの蛙を食することに嫌悪している。

ところが父の生誕100年を記念した晩餐会に、本物のフランス料理をつくりたいとバベットは言う。

映画「バベットの晩餐会」  A Festa de Babete/Babettes Gaestebud(film)

はじめの物語
Babette's Feast 01
Babette's Feast 02
Babette's Feast 03

バベットの登場
Babette's Feast 04
Babette's Feast 05


バベットが選んだ食材の到着
Babette's Feast 06


デリカテッセンのようなシーン (牛の頭とか)、料理の仕込み、テーブルセッティングの場面
Babette's Feast 07

晩餐会のはじまり、はじまり〜
Babette's Feast 08
Babette's Feast 09


晩餐会のあと
Babette's Feast 10

さて、バベットは心のこもった料理をつくっただろうか?

僕はこの映画から、そして原作から、それはないと感じている。ただただ、彼女の芸術作品を堪能できるものだけが、その素晴らしさを味わったのだ。それで何か世界観が変わっていく。

たった一人、マーチーネ(マチーヌ)の世界観は変わらない。亀を見たからかもしれないけど。



海がめのスープになる海亀くん


この巨大な亀をみてしまったマーチーネ(マチーヌ)。晩餐が始まる前に年老いた信者たちに何を食べさせられ、何を飲ませられるかわからない不安を話し、彼らは料理のなまえを一切口にしないことを約束する。

マーチーネ(マチーヌ)は届いた瓶の中身を尋ねる。

バベットは「ワインですって?とんでもない。クロ・ヴージョの1846年ものですよ。モン・オルジェイ街の店フィリップの品なのです。」

聞いたこともない名前に黙るマーチーネ(マチーヌ)。プロテスタントの世界観とパリの美である文化芸術との対立でもある。


カレン・ブリクン(イサク・ディーネセンもしくはアイザック・ディネーセン)の「バベットの晩餐会」では、「一万フラン」がすべて父の生誕100年を記念した晩餐会に使われたことに、父の友人の話を思い出す。

それは、黒人の王の治癒をした伝道師に、敬意をあらわすために、王の幼い孫を料理した晩餐会の話である。社会的カニバリズムの話だが、わざわざ黒人としているところが憎らしいが。

その王とバベットが重なり、身震いするマーチーネ(マチーヌ)。彼女は決して変わらない。頑迷な心。


バベットは言う。「みなさんのため、ですって?」

「わたしのためです。わたしはすぐれた芸術家なのです。」

「すぐれた芸術家が貧しくなることはないのです。みなさんにはどうしてもお分かりいただけないものを持っているのです。」

「ムッシュ・パパンもそうでした。」

「あの方がご自分から、この話をしてくれたのです。次善のものに甘んじて満足せよなどといわれるのは、芸術家にとって恐ろしいこと。耐えられぬこと。次善のことで喝采を受けるのは恐ろしいこと。芸術家の心には、自分に最善を尽くさせてほしい、機会を与えてほしい。世界中に向けて出される長い悲願の叫びがあるのだと。」

彼女がここに来たのは、そういうことだったのだ。彼女が料理をつくっているのは、誰かのためにではなく、自分のために、相手が満足する芸術品を創るためなのだ。


それが理解できるのが、フィリッパ。モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」(Il dissoluto punito, ossia il Don Giovanni)のレッスンでのムッシュ・パパンの額のキスの意味もわかったのではないだろうか。

パリのオペラ座を選択しなかったのはフィリッパ自身。決して神の意思ではない。

この作品「バベットの晩餐会」での賛美歌の詩と、ドン・ジョバンニの放蕩者ドン・ファンの詩が対照的に描かれている。

対立であり、共存であるキーワードが、この作品にはめいっぱい盛り込まれている。

そして「カフェ・アングレ」には、「料理界のモーツァルト」(mozart de la cuisine)と呼ばれたシェフのアドルフ・デュグレレ(Adolphe Dugléré 1805-1884 )がいた。ロシア皇帝アレクサンドル2世、アレクサンドル3世、ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世、宰相ビスマルクらは、料理の芸術家の作品を口にしたわけだ。

最後にバベットを心からすぐれた芸術家と賞賛し、抱きしめるのは、妹のフィリッパだけだ。

ムッシュ・パパンとのレッスンに、モーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」をあてたのは、賛美歌だけではなく、シェフのアドルフ・デュグレレを指し示していたのかもしれないな。



キャビアをのせたブリニのデミドフ風


僕はこの映画も、原作も読んでいる。なぜか、この映画を扱っている記事に多いのが、「心のこもった料理で人を幸せにする」という解釈だが・・・。

それは違うだろう。

「我に最善を尽くす機会を与えよ」

それを求めてきたバベット。これが主題ではなかろうか?



 アモンティヤードのシェリー(Amontillado)


この映画にでてくる、食前酒、ワイン、コニャックは、 アモンティヤードのシェリー(Amontillado)、ヴーヴ・クリコ 1860(Veuve-Clicquot 1860)、ルイ・ラトゥール クロ・ヴージョ 1845(Louis Latour Clos Vougeot 1845)、ハイン コニャック(Cognac Hine)だ。

この晩餐会には、貴族、ブルジョワジー、プロレタリアート(労働者)が揃う。唯一の貴族階級が、ロレンスと大叔母レーヴェンイェルム夫人。

当然、ロレンスは最高の料理も、お酒も、そしてガリフェ将軍も、カフェ・アングレも、女性シェフの評判までも知っている。

バベットの晩餐会では、メニューを一人で語っている。

「不思議だ。アモンティラードではないか?」
「正真正銘の海亀のスープだ。」
「これはまさしくブリニのデミドフ風ではないか!」
「これは1860年もののクリコですな。」

そしてガリフェ将軍が教えてくれた「カーユ・アン・サルコファージュ」が登場する。うずらの石棺風パイ詰めのことだ。そして葡萄に桃に無花果。

ここにポム・ド・テール・アンナ(Pommes Anna)がデザートだったら面白いのにな。ベタなつっこみになるかも。カフェ・アングレのシェフだったアドルフ・デュグレレが、当時の女優アンナ・デリヨン(Anna Deslions)に捧げたもの。

この映画では、季節のサラダ、チーズの盛り合わせ、スポンジケーキにコーヒー、ハイン コニャックまででてくる。




季節のサラダ?




アビランドの食器にカーユ・アン・サルコファージュ、1860年もののクリコ



厨房で試飲、試食をしながらお手伝い


この「バベットの晩餐会」が真作だとすると、芸術品だから贋作もつくられた?いろんなレストランでバベットのメニューを宣伝してた。アホらし。

さて、この作家名も複雑なんだけど、先にこの「バベットの晩餐会」は、英語版とデンマーク語版には、かなりの違いがある。

僕が読んだものは、デンマーク語版で、ギュルンデール社出版の「運命諺」にある「バベットの晩餐会」の邦訳。

英語版にはない描写があると「あとがき」にあった。

だから邦訳やデンマーク語じゃなくて、英語版でスラスラ読んだ人には、?という場面もあったかも。

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aleiさんが書いた記事「バベットの晩餐会」は、芸術家としての料理人バベットのお話。友人のブログのコメントにも、「バベットの晩餐会」はあとで鑑賞すると、気がつくことがいっぱいあるという名画。 田舎の家政婦バベットは、一流のレストラン「カフェ・アングレ」
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