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John Duncan RSA RSW (1866-1945) The Sneaton Castle Altarpiece

ジョン・ダンカン 祭壇画 記事後半で


楓の書いた記事に「ケルト文化復興」にジョン・ダンカンが加わっていたことを知って、興味がわいたが、よくよく考えてみると、パトリック・ゲデスの「エバー・グリーン」の挿絵が彼だった。

ジョン・ダンカンとは思わなかったし、また挿絵や絵画についての知識が薄かった頃だから全然結びつかないわけ。

19世紀のケルト復興運動には様々な著名人が関わっているが、生物学者、植物学者でもあるパトリック・ゲデスもその一人。エジンバラで社会学をとおして教育者との一面を持っていた。1892年にショーツの展望台として知られていたタウンハウス購入した。ズウェブリンが「世界最初の社会学的実験室」とよんだアウトルック・タワー( OutlookTower)のことで、エディンバラの「展望塔」という都市の研究所にした。20世紀初頭、英国各地と植民地の都市計画に携わる。

エジンバラの文学と芸術においてケルト復興運動の中心だったパトリック・ゲデスとジョン・ダンカン(24歳)が出会ったのが1890年頃。

ジョン・ダンカンは1893年から1897年にかけて旧エジンバラ芸術学校の装飾を任された。大学寮、ラムゼン庭園、ゲデスの自宅の壁画などだ。スコットランドの歴史やケルト神話からの場面の壁画のシリーズである。

そして「エバー・グリーン」は1896-97にかけて4巻(春夏秋冬)のシリーズにわたりジョン・ダンカンの挿絵を見ることができる。カバーはチャールズ・H・マッキーによるもの。



パトリック・ゲデス 「エバー・グリーン」 秋 
バッカスとサテュロス  ジョン・ダンカン


3巻秋にはピエール・ロチの「お菊さん(マダム・クリザンテエム)」のイラスト(ホーネル作)もある。日本の版画の影響が強い「エバー・グリーン」。




The Evergreen pt. 2. Autumn E.A.Honel

 パトリック・ゲデス 「エバー・グリーン」 秋
マダム・クリザンテエム  E.A.ホーネル




秋のイラストは13名。冬のイラストは14名。ジョン・ダンカンは秋ではバッカスとサテュロスのページのイラストを担当。冬ではスフィンクスのページを担当しそのほかの挿絵を14枚。

冬と夏は1895年、春と秋は、1896年に1897年に出版された。



パトリック・ゲデス 「エバー・グリーン」 冬
ジョン・ダンカン 




ジョン・ダンカンは、パトリック・ゲデスと会う以前にイタリアに旅行し、ボッティチェッリ、フラ・アンジェリコなど15世紀のルネサンスに触れて帰ってきた。デュッセルドルフ美術学校に通ったのもその時期。

スニートン城の礼拝堂がジョン・ダンカンの最初の祭壇画(1919)らしい。セント ヒルダズ修道院ノーサンバーランドのための絵画のシリーズでキリストの栄光、四大天使、八北聖人を描いている。



ジョン・ダンカン スニートン城の三連載壇画 中央
キリストの栄光 左右に四大天使ガブリエル、ウリエル、ラファエルとミカエル



左翼 聖ヒルダ、聖オズワルド、聖コールマン、聖エッバ



右翼 聖ブリジット、聖コルンバ、聖エイダン、聖ビー


聖人たちはアイルランド、スコットランドのケルト系キリスト教徒。四大天使はバーン=ジョーンズの「天地創造の6日間」を想像させる。

別ブログでジョン・ダンカンの「ユニコーン」の作品記事を書いた。ケルトにはユニコーン(リンク:兎穴さんのモローのユニコーン)の伝承があったとかなかったとかで、はっきりしない。ケルトに結び付けたかったのか、あるいは別なのか。

1枚はエジンバラカレッジ・オブ・アート 、もう1枚は ダンディー美術館にある。

ジョン・ダンカン おまとめ記事はこちら XAI ジョン・ダンカン 遊びの園

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