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前記事「マティアス・グリューネヴァルト イーゼンハイム祭壇画と十四聖人の祭壇画」で紹介した第一面の詳細記事である。

僕なりの解釈で解説ではないのでご承知おきを。

※よく「解答、解説」を探している方が多いですが、絵画というものは鑑賞する側によって解答は違っても良いと思っていますので、あくまでも「絵の中」から自分が「?」と思うところに自分なりの解読と解釈をして、専門書やメディアからの情報ではないので引用はお控えください。


マティアス・グリューネヴァルト イーゼンハイム祭壇画 第1面(平日面) 1511−1515




illum oportet crescere me autem minui (ヨハネ3-30)
あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。


illum oportet crescere me autem minui (ヨハネ3-30)
あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。

マタイの福音書3-4にバプテスマのヨハネの記述がある「このヨハネは、ラクダの毛衣を着物にし、腰に皮の帯をしめ、いなごと野密とを食物としていた。」

描かれているバプテスマのヨハネはどの福音書でも最初に登場する。聖母マリアの親戚エリザベツの息子ヨハネ。イエスより先に殉教していたバプテスマのヨハネが、キリスト磔刑に大きく描かれている。
マルコによる福音書
1-2.預言者イザヤの書に、「見よ、わたしは使をあなたの先につかわし、あなたの道を整えさせるであろう。」

1-3.荒野で呼ばわる者の声がする。「主の道を備えよ、その道筋をまっすぐにせよ」と書いてあるように、

1-4.バプテスマのヨハネが荒野に現れて、罪のゆるしを得させる悔改めのバプテスマを宣べ伝えていた。

バプテスマのヨハネの登場で、イーゼンハイム祭壇画は「キリストの洗礼」と「キリストの復活」も示しているといえる。

よく解説などで、ユイスマンに倣うように「キリストの苦しむ姿が疫病に苦しむ人々、臨終をむかえる人々への恐怖を払うために描かれた。」と書いてあるのを見かけるが、たしかにそうだろうが、グリューネヴァルトは、バプテスマのヨハネのキリストの洗礼からはじまる告白のほかにもっと何かが隠されていると解釈した。

まずはバプテスマのヨハネの斬首のはじまり。

ヘロデは、イエスの噂を聞く。
マタイ14-2 「あれはバプテスマのヨハネだ。死人の中からよみがえったのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」

バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)の「洗礼」は、悔い改めた者を「新たに復活した生きる者」とする。イエスは贖罪の犠牲で十字架に死に、キリストとして生きる。

十字架磔刑のときには殉教していたバプテスマのヨハネが、ここで復活し、「あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。」とイエスを指している。

そしてバプテスマのヨハネの洗礼を受けたイエスの死後、キリストとしての復活を予言させている。これが「キリスト復活」の一つ目の解釈。



Ecce Agnus Dei, ecce qui tollit peccata mundi (ヨハネ1-29)
見よ、世の罪を取り除く神の小羊

キリストの血が流れ腐乱した足元には、キリスト教の図像学に基づいた贖罪の生贄を象徴する「神の子羊」がイエスを示し、ヨハネによる福音書1-29にあるとおり、イエスの洗礼を象徴している。

Ecce Agnus Dei, ecce qui tollit peccata mundi
見よ、世の罪を取り除く神の小羊

聖体と聖杯を会衆に示す聖餐式だ。十字と聖杯の図像学のとおり、子羊は聖杯に血を注いでいる。

バプテスマのヨハネ(洗礼者ヨハネ)は、イエスより先に首を斬られている。つまり十字架の磔刑以前の殉教者であり、その殉教者を描いているところは「キリストの洗礼」の場面ということになる。

"Questi era colui di cui dissi: "Colui che viene dopo di me ebbe la precedenza davanti a me, perché era prima di me"" (ヨハネ1-15)

「わたしのあとに来るかたは、わたしよりもすぐれたかたである。わたしよりも先におられたからであるとわたしが言ったのは、この人のことである」。

さらにテクストが書き込まれている「あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。」というのは、イエスが洗礼をヨハネから受けるまでは、バプテスマのヨハネが、マルコによる福音書の第1章にあるようにバプテスマ(洗礼)を伝えていた。

バプテスマのヨハネが予言した「後に来る方」というのがイエスであり、ヨハネは洗礼をし、ヨハネの弟子たちに「あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。」と諭したわけだ。

人々をキリストに導くためのイエスの先駆者(前駆授洗者)である。

洗礼者ヨハネは、イエスの洗礼のあとヘロデ・アンティパスに投獄され、斬首される。マタイ福音書第14章にあたる。

マタイ14-8
すると彼女は母にそそのかされて、「バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、ここに持ってきていただきとうございます」と言った。

彼女とはヘロディアの娘だ。オスカー・ワイルドの「サロメ」のことだ。



すべてが終った ヨハネ19-30
わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか。 マタイ27-46


もともと「さかしま」の著者ユイスマンが、施術を受ける者たちにキリストの腐乱した肉の苦しみの果てを具現化することで、施術の痛みと死の恐怖を払う役目を担っているというようなことを書いていた。

つまりイーゼンハイムの祭壇画は「炎のような舌」をもって、修道院の付属療養院の施術を疫病の人々が受け入れるよう「腐乱した肉の苦しみ」を切断させるために、一人一人に降臨させたということだろう。

だが、バプテスマのヨハネが左側の3人に対して一人大きく描かれているのは、他の役目を担っているのではないか。「キリストの洗礼」からの告白に、見逃せない箇所がいくつかある。

jam enim securis ad radicem arborum posita est omnis ergo arbor quæ non facit fructum bonum exciditur et in ignem mittitur
マタイ 3-10.斧がすでに木の根もとに置かれている。だから、良い実を結ばない木はことごとく切られて、火の中に投げ込まれるのだ。

ego quidem vos baptizo in aqua in pænitentiam qui autem post me venturus est fortior me est cujus non sum dignus calciamenta portare ipse vos baptizabit in Spiritu Sancto et igni
マタイ 3-11.わたしは悔改めのために、水でおまえたちにバプテスマを授けている。しかし、わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで、わたしはそのくつをぬがせてあげる値うちもない。このかたは、聖霊と火とによっておまえたちにバプテスマをお授けになるであろう。

cujus ventilabrum in manu sua et permundabit aream suam et congregabit triticum suum in horreum paleas autem conburet igni inextinguibili
マタイ 3-12.また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう」。

二つの裁きをバプテスマのヨハネが断言している。一つ目は「良い実を結ばない木は斧で切断される」だ。つまりここからの引用で、イーゼンハイム祭壇画が聖アントニウス会修道院付属施療院でライ麦の病害「聖アントニウスの火」によって、手足を切断する斧を示すことができたのではないか。

二つ目の「打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てる」からの引用も、「聖アントニウスの火」(麦角中毒)で手足を切断された、あるいは切断しなければならない人々を示すことができたのではないか。1本の麦と殻を一人の人間にたとえて、殻(手足)を取ると。

マタイの引用も「キリストの復活」を妨げない。だが、もしかするとマタイの福音書へ誘導するためだったんだろうか。それとも麦角中毒者には混乱させる告白だったのか。

illum oportet crescere me autem minui (ヨハネ3-30)
あの方は盛んになり、私は衰えなければならない。

autem post me venturus est fortior me (マタイ3-11)
わたしのあとから来る人はわたしよりも力のある方で

このバプテスマのヨハネの告白はマタイの福音書3-11の「わたしのあとから来る人はわたしよりも力のあるかたで」に相応する。だがヨハネの福音書にはこのふたつの裁きはない。

僕の解釈で「キリストの洗礼」、「キリストの復活」が暗示されていると同時に、二つ目の解釈としてマタイの第三章がここに密かに埋まっていると考えたわけです。






マティアス・グリューネヴァルト キリスト磔刑
ユイスマンが「盗賊のようなキリスト」と評論したイーゼンハイムのキリスト
ユイスマンが「卑俗な(貧者の)キリスト」と評論した旧カールスルーエのキリスト


マティアス・グリューネヴァルトの祭壇画の「キリストの磔刑」については「彼方」、「三つの教会と三人のプリミティフ派画家」で評論している。

1888年、タウバービショフスハイムの祭壇画(旧カールスルーエ祭壇画と呼ばれていた)の「キリスト磔刑」をはじめてみた。マティアス・グリューネヴァルトの晩年の作品である。

ユイスマンは「カールスルーエのキリスト磔刑よりは恐ろしくない」と語っているのが、イーゼンハイム祭壇画 第1面の「キリスト磔刑」だ。

1903年にユイスマンは「イーゼンハイム祭壇画」を見る。

「コルマールの人として神なるものは、いまや絞首台にかけられた一介のあわれな盗賊に過ぎない。」と評している。


ジョリ=カルル・ユイスマンが唯一絶賛したのがこの弓状に描かれた白衣のマリア。

記事 グリューネヴァルトの聖女たち

ユイスマンはグリューネヴァルトのイーゼンハイム(コルマール)のキリスト、タウバービショフスハイム(カールスルーエ)のキリストを穢らわしいものとして蔑む評論で、「盗賊のようなキリスト」、「卑俗な(貧者の)キリスト」と扱ったが、信仰がなかったわけではない。

貧富の差別で穢らわしいものとして蔑む心のありようを「罪」としている洗礼者ヨハネだが、ユイスマンはグリューネヴァルトの洗礼者ヨハネを野武士の一人としている。

そのあわれな盗賊のキリスト、野武士の洗礼者ヨハネ、そして聖なる美と絶賛した聖母を抱きかかえるのはユイスマンが落伍者の烙印を押した聖ヨハネ。

そしてマグダラのマリアはベールに半分顔を隠し、その顔は涙で腫れあがっているようだ。

福音書によっては、磔刑のキリストを見守る人々は様々だが、マルコによる福音書の第15章40節には「マグダラのマリヤ、小ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またサロメがいた」とある。ルカによる福音書第23章にはサロメの義父ヘロデが磔刑の日に立ち会っている。とすればサロメがいてもおかしくはない。


ユイスマンは芝居がかったものを嫌悪している気がしてならない。大げさなポーズ、大げさな苦しみの表現である。

だが、マティアス・グリューネヴァルトは本来の人間が磔刑で死する場面をリアルに描いていると思う。腫れあがった手足、緑色の皮膚、鞭打ちの傷に災いの棘(茨の棘だろうか?どの福音書にも茨の鞭とは書いていない)、腐乱していく肉体。

この苦しみを太い釘で手足を打ち付けられて、どんな顔ができるものか。

十字架上でイエスは聖母に声をかける。

ヨハネ19-26
.イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母に言われた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。

死の最中に聖ヨハネに聖母を託すイエス。死後は聖ヨハネが聖母を引き取った。

こうしたキリストをグリューネヴァルトは人として描いている。ユイスマンが酷評する度に、ユイスマンがどれだけこのキリストに魅せられているかも理解できる。





「キリスト哀悼」


ここには斬首されたバプテスマのヨハネの亡霊はもういない。キリストの遺骸と生きている3人だけ。疲労と苦しみに悶えたマグダラのマリアには美しさが消えている。聖母の聖なる美しさは着え、苦しさの余韻だけを残し、人としての母親の姿であり、聖ヨハネは傍役を演じ続けている。足元には茨の冠。




ヨハネ 第19章

ヨハネ19-25.さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。

26.イエスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母に言われた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。

27.それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。

28.そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。

29.そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。

30.すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。

31.さてユダヤ人たちは、その日が準備の日であったので、安息日に死体を十字架の上に残しておくまいと、(特にその安息日は大事な日であったから)、ピラトに願って、足を折った上で、死体を取りおろすことにした。

32.そこで兵卒らがきて、イエスと一緒に十字架につけられた初めの者と、もうひとりの者との足を折った。

33.しかし、彼らがイエスのところにきた時、イエスはもう死んでおられたのを見て、その足を折ることはしなかった。

34.しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。

35.それを見た者があかしをした。そして、そのあかしは真実である。その人は、自分が真実を語っていることを知っている。それは、あなたがたも信ずるようになるためである。

36.これらのことが起ったのは、「その骨はくだかれないであろう」との聖書の言葉が、成就するためである。

37.また聖書のほかのところに、「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」とある。

38.そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。

39.また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。

40.彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。

41.イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。

42.その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。

マタイ第27章

マタイ27-35.彼らはイエスを十字架につけてから、くじを引いて、その着物を分け、

36.そこにすわってイエスの番をしていた。

37.そしてその頭の上の方に、「これはユダヤ人の王イエス」と書いた罪状書きをかかげた。

38.同時に、ふたりの強盗がイエスと一緒に、ひとりは右に、ひとりは左に、十字架につけられた。

39.そこを通りかかった者たちは、頭を振りながら、イエスを罵って

40.言った、「神殿を打ちこわして三日のうちに建てる者よ。もし神の子なら、自分を救え。そして十字架からおりてこい」。

41.祭司長たちも同じように、律法学者、長老たちと一緒になって、嘲弄して言った、

42.「他人を救ったが、自分自身を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。

43.彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから」。

44.一緒に十字架につけられた強盗どもまでも、同じようにイエスをののしった。

45.さて、昼の十二時から地上の全面が暗くなって、三時に及んだ。

46.そして三時ごろに、イエスは大声で叫んで、「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言われた。

47.すると、そこに立っていたある人々が、これを聞いて言った、「あれはエリヤを呼んでいるのだ」。

48.するとすぐ、彼らのうちのひとりが走り寄って、海綿を取り、それに酢いぶどう酒を含ませて葦の棒につけ、イエスに飲ませようとした。

49.ほかの人々は言った、「待て、エリヤが彼を救いに来るかどうか、見ていよう」。

50.イエスはもう一度大声で叫んで、ついに息をひきとられた。

51.すると見よ、神殿の幕が上から下まで真二つに裂けた。また地震があり、岩が裂け、

52.また墓が開け、眠っている多くの聖徒たちの死体が生き返った。

53.そしてイエスの復活ののち、墓から出てきて、聖なる都にはいり、多くの人に現れた。

54.百卒長、および彼と一緒にイエスの番をしていた人々は、地震や、いろいろのできごとを見て非常に恐れ、「まことに、この人は神の子であった」と言った。

55.また、そこには遠くの方から見ている女たちも多くいた。彼らはイエスに仕えて、ガリラヤから従ってきた人たちであった。

56.その中には、マグダラのマリヤ、ヤコブとヨセフとの母マリヤ、またゼベダイの子たちの母がいた。

57.夕方になってから、アリマタヤの金持で、ヨセフという名の人がきた。彼もまたイエスの弟子であった。

58.この人がピラトの所へ行って、イエスのからだの引取りかたを願った。そこで、ピラトはそれを渡すように命じた。

59.ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、

60.岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。
61.マグダラのマリヤとほかのマリヤとが、墓にむかってそこにすわっていた。

キリスト磔刑はマルコによる福音書では第15章、ルカは第23章だ。ルカでは「父よ、わたしの霊をみ手にゆだねます。」がイエスの最後の言葉。

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