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Donatellos Annunciationsai が、数年前にヨーロッパに行ったときに記事がようやくアップされた。最初はイギリスの猫だが、あれだけでは終わらないよな?

そしてドメニコ派のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の記事アップ。

楓の推薦によって、sai は社交辞令(土産話し)で行ったらしいが、僕も以前にフィレンツェに出かけたときには「はずした場所」なんだ。でも、あの記事みて、「行けばよかった」と正直に思うが、魅力に乏しい教会に思っていたんだよね。

それで、僕はサンタ・クローチェ教会を思い出旅行する。パッツィ家の陰謀でも有名なパッツィ家を最後に。

最初の画像はドナテッロの作品で、ピエトラ・セラーナを彫刻した「受胎告知」だ。

それでは教会の礼拝堂壁画を紹介する前にちょっと暖かい話。(ご存知かと思うが)

NHKに出演していた金沢大教育学部の宮下孝晴教授に、番組に感動した美術愛好家の男性から2億円の寄付を受け(2004年のこと)、イタリア国立フィレンツェ修復研究所と大礼拝堂の壁画「聖十字架物語」(アーニョロ・ガッディ作)を修復した。

アート・シティ「展」 復研究プロジェクト ここから現地レポートをみることができる。また、アート・シティ「展」の「白鳥正夫のぶんか考」が最終回になっていた。残念。


フレスコ画は永久保存できないもんな。でもさ、ここの板絵もひどい。壁画まではどこもそうだけど板絵や墓石が並んでるでしょう。結構傷んでいるよ、板絵も。

左右:Giorgio Vasari、中央:Giovanni Stradano

正面礼拝堂にむかって左身廊

左 ジョルジョ・ヴァザーリ 「聖トンマーゾの疑い」
中央 ジョバンニ・ストラダーノ 「キリストの昇天」
左 ジョルジョ・ヴァザーリ 「聖霊降臨」


こうした健康な板絵と病んだ板絵を通り過ぎていくと、正面のメイン礼拝堂を中心に、左右にずらりと並んでいる各チャペル。

メイン礼拝堂の壁画「聖十字架物語」から紹介。ここサンタ・クローチェ教会は、sai の ドメニコ派のサンタ・マリア・ノヴェッラ教会側からは異端になるフランチェスコ派の教会だ。sai の記事にある、スパニョーリ大礼拝堂の壁画(アンドレーア・ディ・ブオナイウート作)の「教会のアレゴリー」一連はドメニコ会の勝利の連作である。つまり異端諮問にされていた側。 

このメインはアーニョロ・ガッディ(Agnolo Gaddi)作で、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会では「受胎告知」が残っているという。sai の記事から鑑賞できる。 このガッティの壁画は「主祭壇」に描かれている。正面から突き当たり。
 
この作品はピエロ・デラ・フランチェスカも描いているが、ヨーロッパの聖者・殉教者列伝のひとつの物語だ。原作はヤコブス・デ・ウォラギネによる「レゲンダ・アウレア(黄金伝説)- Legenda aurea」で、ピエロ・デラ・フランチェスカもアーニョロ・ガッディも第64章の「聖十字架の発見」を描いている。
 

Cappella Maggiore

クリックで残り6枚の壁画に変身 Click Here !  frescoes in Cappella Main


ガッディは「聖十字架の発見」と第129章の「聖十字架称賛」を描いているのだが、簡単にタイトルを列挙すると、「大天使ミカエルとセト」、「アダムの死」、 「聖木を礼拝するシバの女王」、 「十字架の発見と検証」 、「十字架をエルサレムに持ち帰る聖女ヘレナ」、「略奪される十字架」、「神のごとく振る舞うホスロー2世と皇帝ヘラクリウス(ヘラクレイオス)の一騎打ち」、「ホスロー2世の斬首と皇帝ヘラクリウス(ヘラクレイオス)のエルサレム凱旋」だったかな。タイトルはすごく曖昧。間違っているかも。

The Triumph of the Cross


Eraclio fa decapitare Cosroè e ritorna a Gerusalemme dove, deposte le vesti regali, entra riportando la Croce

「ホスロー2世の斬首と皇帝ヘラクリウスのエルサレム凱旋」には、3つの場面が描かれているといってもよいだろう。十字架奪還の勝利に酔う皇帝ヘラクリウスの入城に、天使が「主キリストはつつましいお姿でした」と語る場面。そして右側下の場面は、馬から降り、つつましい姿で入城する皇帝。そして左はホスロー2世の斬首の場面。

この聖十字架物語の最後の重要場面には、ガッティの肖像画が描かれているという。ホスロー2世の死刑執行人の隣が、ガッティと信じられているということだ。


この主祭壇のむかって右にバルディ礼拝堂がある。
バルディ礼拝堂上層部の作品はジョットの「聖痕拝受」
この主祭壇中央下にある祭壇画はガッテイによるもの。



Click Here !  frescoes in Cappella Bardi

ここでは聖フランチェスコの生涯を描いているジョット。上部の左に聖ジョヴァンニ・バッティスタ、右に福音著者聖ジョヴァンニの生涯を描く。上の画像をクリックすると二面に描かれた壁画になるから。

とにかく鑑賞するのに悲しくなったのを、いま思い出した。ストーリーは聖フランチェスコ、アッシジの聖人の生涯、アルルの僧院、そして死が描かれている。このフランチェスコ派の修道士がフィレンツェに訪れてから、今年(2009年)で800年だという。

さて、バルディ礼拝堂の隣はぺルッツィ礼拝堂で「洗礼者ヨハネと福音書記者のヨハネの生涯」の壁画もジョット。

Peruzzi Chapel


Click Here !  frescoes in Cappella Peruzzi


写真はぺルッツイ礼拝堂のジョットの壁画の下にあるモニュメント。クリックでジョットの壁画「洗礼者ヨハネと福音書記者ヨハネの生涯」に変わるから。やってみて。

そして聖具室の前にはジョットの多翼祭壇画「聖マリアの戴冠」があり、なかには「キリスト処刑と昇天」、バロンチェッリ礼拝堂の「聖母マリアの生涯」と続く。この二つの作家はタッデオ・ガッディ。


Taddeo Gaddi Baroncelli ChapelTaddeo Gaddi Baroncelli Chapel


このマリアの生涯は、ステンドグラスがある壁画が正面で、右の連作は正面の左側にある壁画。正面の左端中央の作品が「羊飼いへの天使のしらせ」だ。

僕にすると「少女趣味」と思われるのが嫌だが、ここが一番の見ごたえがあったところだ。タッデオ・ガッディはダーク・ホースだったよ。

二つの部屋がつながっていたような記憶。この作品はフレスコ画の一部ではなく、ポツンと壁に掛かっていたが全体に迫力があった。この作品は「聖母の腰帯」でセバスティアーノ・マイナルディの描いたもの。

このバロンチェッリ礼拝堂と隣接するのが、またまたアーニョロ・ガッティの壁画になる。そこはカステラーニ礼拝堂。

Castellani Chapel

(C) wiki


この凄さを理解していただくのに、wiki から借り編集してみた。右側が聖アントニオの物語を描き、中央は聖ニコラウスで、船を救う話しなど「黄金伝説」にある物語を描いているはず。左が聖ジョバンニだ。聖ジョバンニは二面の壁に描かれて、もう一面がこの壁の斜めむかいに位置している。

正直、思い出せないものもたくさんある。wiki に頼ったのは1枚1枚の写真だと、どうつながっていたかわからなくなり、聖ジョバンニのもう一面の壁画も忘れていた次第だ。

アーニョロ・ガッティ、タッデオ・ガッティも、もう区別つかねぇ!

主祭壇の反対側にプルチ・ペラルディ礼拝堂がある。ここはタッデオ・ガッティ(?)の壁画で、「聖ラウレンティウスの殉教」を描いている。

Cappella machiavelli-salviati Vannucci di Enrico Pazzi (1891)


主祭壇にむかい左端からバルディ・ディ・ヴェルニ礼拝堂(主祭壇側)、プルチ・ベラルディ礼拝堂、リカソリ、カッポーニ礼拝堂で、そして主祭壇すぐ左のスピネッリ礼拝堂となる。バルディ・ヴェルニオ礼拝堂(左身廊より)、ニッコリーニ礼拝堂、サルヴィアーティ礼拝堂はこちら側。

写真はサルヴィアーティ礼拝堂の入り口から。ルイージ・アデモッロ(Luigi Ademollo)の作品の下には、エンリコ・パッツイ (Enrico Pazzi)によるアットー・ヴァヌッチィの墓碑。


Martirio di San Lorenzo di Jacopo Ligozzi (1600 ca)


この作品はサルヴィアーティ礼拝堂に掛かるヤコポ・リゴッツィ作「聖ロレンツォの殉教」だ。この礼拝堂には彫刻やモニュメントがいくつかある。ロレンツェ・バルトリーニ作「ソフィア・ジャモイスカ・チャルトリスキの墓碑」だ。ロレンツェ・バルトリーニ自身の墓碑もここにある。

バルディ・ディ・ヴェルニ礼拝堂はバンコ作「聖シルヴェステルの生涯」の壁画。プルチ・ベラルディ礼拝堂には中央のジョヴァンニ・デッラ・ロッビアの彩色されたテラコッタの彫刻。ニッコリーニ礼拝堂にはアッローリの「聖母被昇天」がかかる。

主祭壇にむかい右端からヴェッルーティ礼拝堂、リカーディ礼拝堂、ジュスティ礼拝堂、そしてペルッツイ、バルディ礼拝堂となる。バロンチェッリ、聖具室はこちら側。その聖具室から、リヌッチー二礼拝堂に続く。マッダレーナの生涯、聖マリアの生涯が描かれている壁画は、ジョヴァンニ・ダ・ミラーノによるもの。


ジュスティ礼拝堂は、ドメニコ・パッシャーノの「聖ロレンツォの施し」、中央にジョバンニ・ビリヴェルトの「聖十字架」、マッテオ・ロッセッリの「聖フランチェスコの瞑想」の3枚の板絵。写真が「聖フランチェスコの瞑想」になる。



ここは一番最初に紹介した左身廊になる。入り口からすぐで、左にジョルジュ・ヴァザーリの「キリストの埋葬」で、次にこの写真のフォッジーニ作、「ガリレオ・ガリレイの墓碑」となる。この墓碑の壁にはマリオット・ディ・ナルドの壁画「キリストの生涯」が描かれている。胸像は、天文学と幾何学のシンボルの中央に配置された。

今年は世界天文年。1609年、ガリレオ・ガリレイがはじめて望遠鏡で観測してから400年だという。

Giovanni Battista Naldini 「Deposizione」 ジョバンニ・バッティスタ・ナルディーニ
「キリストの埋葬」

画像は大きくなるから。

ジョバンニ・バッティスタ・ナルディーニはsai の記事を見ると、サンタ・マリア・ノヴェッラでも腕を振るっていたようだ。



可哀想なのはステファノ・リッチのモニュメントレオナルド・ダ・ヴィンチのメモリアルの左右にあるサンティ・ディ・ティトゥだ。もう重症にちかい状態のようで、修復されたのだろうか。次の画像は写真画像ではなくポスターのカタログから。

Santi di Tito -Resurrezione Santi di Tito Cena in Emmaus


サンティ・ディ・ティトゥの作品で、左が「キリストの復活」、右が「エマオの晩餐」になる。これから紹介するが、右身廊のサンティ・ディ・ティトゥも状態はよくない。

この「エマオの晩餐」の右隣が、ジョヴァンニ・バッティスタ・ネリ(giovani battista nelli)がデザイン、インノチェンツォ・スピナッツィ(Innocenzo Spinazzi)作となる「ジョヴァンニ・ラーミ(Giovanni Lami)の墓碑」。そして、記事最初の3枚のジョルジョ・ヴァザーリ 「聖トンマーゾの疑い」となる。そしてジョバンニ・ストラダーノ 「キリストの昇天」との間にモニュメントともう一枚の作品がある。

Agnolo Bronzino 「Pieta」アーニョロ・ブロンズィーノ 「ピエタ」
そして、この左に位置するモニュメントはジュゼッペ・サルヴェッティ(Giuseppe Salvetti )のデザインに、ここもインノチェンツォ・スピナッツィ(Innocenzo Spinazzi)作による「アンジェロ・タヴァンティ(Angelo Tavanti)の墓」だ。ジョルジョ・ヴァザーリ 「聖霊降臨」までにはいくつかのモニュメントがある。全部は面倒なので、気に入ったものだけ。ロレンツェ・バルトリーニ( Lorenzo Bartolini)作の「ヴィットリオ・フォソンブロニ(Vittorio Fossombroni)の墓碑」。デジデリオ・ダ・セッティニャーノ(Desiderio da Settignano)作の「カルロ・マルスッピーニ(Carlo Marsuppini )の墓碑」、ラファエロ・ロマネッリ(Raffaello Romanelli)による「新大陸発見の記念碑」と続いていくんだ。


じゃ、いよいよ右身廊に。

left:Lodovico Cardi detto Il Cigoli & Giovanni Bilivert  center:Andrea Cini detto Andrea del Minga  right:Fei (Alessandro del Barbiere)

左 「イエスのエルサレム入城」
ルドヴィコ・カルディ・ダ・チーゴリ(Lodovico Cardi detto Il Cigoli )、Giovanni Bilivert

中央 「オリーブ山のキリスト(ゲッセマネの園、ゲッセマネの祈り)」
アンドレア・デル・ミンガ [Andrea del Minga (Cini Andrea detto)]

右 「キリストの鞭打ち」
アレッサンドロ・フェイ[Fei (Alessandro del Barbiere)]


フェイの「キリストの鞭打ち」までにモニュメント、墓碑がある。ジュゼッペ・カッシオーリ(Giuseppe Cassioli)の「ジョアキーノ・ロッシーニの墓碑」、ベルナルド・ロッセリーノ(Bernard Rossellino)作の「レオナルド・ブルーニの墓碑」で、このブルーニの墓碑を模倣したものが向かい合わせになる左身廊のカルロ・マルスッピーニの墓碑。記事トップの写真ドナッテロの「受胎告知」、「イエスのエルサレム入城」を過ぎるとこの墓碑がある。

machiavelli


ニッコロ・マキャヴェッリ(Niccolò Machiavelli)の墓碑だ。マキャヴェッリのロレンツォ・デ・メディチに献上した「君主論」は有名。この墓碑は彼の死後332年を経て、彫刻家インノチェンツォ・スピナッツィ (Innocenzo Spinazzi )により女神が彼の守り役になっている。「君主論」で、「運命は女神だから、打ちのめし、突き飛ばす必要がある」という発言をしていたが、スピナッツィは知らなかったのか、あるいはパロディだったのか。非常に興味の沸いた墓碑だ。碑文は「彼の名以上に彼を称える言葉は無し」である。



これが「ダンテの記念碑」で墓碑ではない。ステファーノ・リッチ作。19世紀のものになる。ダンテ・アリギエーリが政争でフィレンツェを追放されたあとに「神曲」が執筆されたわけだが、天国編を書き始めた頃にラヴェンナに安住した。フィレンツェ側はラヴェンナに遺骨の返還を要求しているようだが、もともとフィレンツェにあった遺骨じゃないし。ラヴェンナで死に、ラヴェンナに埋葬されたんだからさ。


left:Jacopo Coppi detto 'del Meglio'   center:Giorgio Vasari  right:Santi di Tito

左 ヤコポ・コッピ 「見よ、これその人なり(茨冠のキリスト)」

中央 ジョルジョ・ヴァザーリ 「十字架を担うキリスト」

右 サンティ・ディ・ティトゥ 「キリストの磔刑」(c)opera di santa croce


サンティ・ディ・ティトゥの作品はサンタ・クローチェのHPにあったものを借りてきた。すごいよな。いつ修復されるんだろ。いま、どの作品がどうなっているのかの情報知りたいよな。

この作品が並んでいるところのモニュメントや墓碑は、アントニオ・カノーヴァ(Antonio Canova)作で、イタリアの悲劇作家「ヴィットーリオ・アルフィエーリ(Vittorio Alfieri)の墓碑」。そして先に紹介した「ダンテの記念碑」が、「茨冠のキリスト」と「十字架を担うキリスト」の間に位置している。

そしてミケランジェロの墓碑が最後に登場となる。礼拝堂に一番近いところだ。



ミケランジェロ・ブオナローティについてはご存知でしょう。この墓碑は、弟子のジョルジオ・ヴァザーリによって、1572年に完成された。胸像に、絵画、彫刻、建築を意味するシンボルは、偉大な芸術家ミケランジェロを讃えている。

サンタ・クローチェ聖堂付属美術館(Museo dell'Opera di Santa Croce)


Cimabue Crucifixチマブーエの「磔刑像

こういうふうにみると、小さく錯覚するが、かなり大きい。sai がサンタ・マリア・ノヴェッラで、ジョットのキリスト磔刑像の写真をのせて、「落ちてきたら怪我どころではないと思う」と書いていたのを読んだ。この磔刑像もかなり怖い。かけるのに十人前後の男手が必要ではないか。大袈裟かもしれないが。

しかも少し前のめりになっていたので、横からみたほうが怖かった。

ジオット(ジョット)・ディ・ボンドーネはたしかチマブーエの弟子だった。


聖具室を忘れていたので、ここで紹介。


Museo dellOpera di Santa Croce

(C) ガイドブックから クリックでガッディの壁画になりますよー


タッデオ・ガッディの壁画。右端きれたのは、クリックするとその画像に変わのでよろしく。中央の「キリスト磔刑」、上部の「キリスト昇天」はガッディ作。左の「ゴルゴダへの道」はニッコロ・ジェリーニ。右端(クリックでみてください)は「キリストの復活」でスピネッロ・アレティーノで、タッデオ・ガッディの弟子だったヤコポ・デル・カセンティーノの弟子。

再度、美術館に。

申し訳ない。また、美術館に戻る。食堂の壁画にはオルカーニャのフレスコ画の残骸がチラホラ。本当に忍びない。


Refettorio santa croce


右のキリストの磔刑は確実オルカーニャ。たぶん左の十字架を担うキリストもそうだと思う。たしか扉を中央にして左右に描かれていた。チマブーエの「磔刑像」は、この左右のオルカーニャと扉に向かって左側壁にある。(正面に向かうと右手)

Refettorio santa croce, frammento di andrea orcagna


順番関係なしに貼り付けしている。画像はかなり大きいのでクリックして。真ん中のはよりはっきりしているから。これだけ見ても、オルカーニャの「最後の審判」の迫力は伝わると思う。惜しいねぇ。
左の図がチマブーエの磔刑図の左側にかかっていた。


これは、チマブーエの磔刑像の前に、囲みのような壁にかかっている。左はアーニョロ・ブロンズィーノの「リンボのキリスト」?。右がたぶん「十字架降下」で、フランチェスコ・サルヴィアーティ。並んでいたわけじゃなく、別々に展示されていた。

僕はね、あんまり祭壇画は好きじゃない。sai から見せてもらった「神秘の子羊の礼拝」は例外で。ここにも聖ジョヴァンニをテーマにした祭壇画がまたあった。ジョバンニ・ディ・ニッコロ・デル・ビオンドの作品。ポスターのサイトで、ギョバンニになっていた。ほかには、ブロンズ像とかあったな。とそれはドナッテロの聖ルイ像。チマブーエの磔刑像のむかえの窓の横。

Santa croce Taddeo Gaddi


タッデオ・ガッディの最高傑作といわれている「最後の晩餐」。ホントにいい作品なんだけどねぇ。もったいない。最近ポスターでもみかけるガッディのキリストのアレゴリー。「生命の木」が描かれている。クリムトを思い出さないか。下段の最後の晩餐ではユダは手前にポツリ。


Jacopo ligozzi, san francesco che distribuisce il pane ai frati

(C) wiki


自分の記憶で曖昧なものを wiki で確認した。画像があったので拝借した。ヤコボ・リゴッツィだった。この人いいなぁと思ったんだよね。動植物画も描いていて、この画家に興味を持つ。この記事書くまで忘れていたけどさ・・・。サルヴィアーティ礼拝堂で紹介した「聖ロレンツォの殉教」もこの人だが、回廊や礼拝堂にある作品のほうが記憶に残るのは、なぜなんだろ。

この作品は「修道士にパンを与える聖フランチェスコ」で下2枚もヤコボ・リゴッツィと思う。



右はジョット・ディ・ボンドーネの「嘆きの聖母」だ。礼拝堂のフレスコ画より、逆に印象が残った。ここのステンドグラスもジョットのデザイン。中央の「聖母子」は誰?左の「聖母子」は、アノーニモ・フィオレンティーノ。

聖フランチェスコ、聖ジョバンニ、聖バルトロメーオ(生きながら皮を剥がれて殉教した・・・コワッ!)の三位一体だという。ネーリ・デ・ビッチの作品。

そのほかには、リッポ・ディ・ベニヴィエーニ(Lippo di Benivieni)の磔刑像、アンドレア・デッラ・ロッビア(Andrea della Robbia)のセラミックスの彫刻、ベネデット・ベルニ(Benedetto Buglioni)の彫刻は聖母子、ニッコロ・ゲリーニ(Niccolò Gerini)の壁画、ジョヴァンニ・デッラ・ロッビア(Giovanni della Robbia)の聖フランチェスコの聖痕拝受の胸像などのコーナーがあった。
そうして今度はジュゼッペ・ベッツォーリの作品があるところ。これ、結構な迫力があった。「聖母昇天」で、古臭いカンジだけどね。そこにはアンドレア・デル・カスターニョの「聖トンマーゾの殉教」、「不明の聖者」、ゲラルド・スタルニーナの「ラザロの復活」、ロレンツォ・モナコ(修道士ロレンツォ)の「聖ジョバンニの礼拝と洗礼」、「アンフォーラ(瓶)の聖母子」など。そして名もなき礼拝堂。

Giuseppe bezzuoliこれがジュゼッペ・ベッツォーリの「聖母被昇天」。

ここをあとにすると、今度はティーノ・ディ・カマイーノ(Tino di Camaino)、ジャンボローニャ (Giambologna)、ジーノ・ミケーリ(Gino micheli)、ティーノ・ディ・カマイーノ(Tino di Camaino)らの彫刻。

僕はね、彫刻は墓碑やストーリー性のある大きい彫刻なら興味があるけど、人物の彫像やプレートには無関心。何度も云うけど祭壇画もあまり好きではない。

さて、サンタ・クローチェ大聖堂付属美術館にはまだまだ記憶に残るものがある。正直、サンタ・マリア・ノヴェッラより美術品はある。だけどsai の記事を読むと、サンタ・マリア・ノヴェッラをはずしたことが悔やまれる。

記憶に残るのがマッテオ・ロッセッリの「花を持つ天使」。そしてヤコポ・ダ・エンポリの聖ルイ。

Jacopo da empoli, san ludovico di tolosa, santagata a due angeli sotto una croce

(C) wiki User Sailko


これは真ん中に十字架が立っている。天使がひろげた両手は、まるで十字架を示すようだ。十字架の下には書物、冠、髑髏などが描かれている。

右が乳房を切り取られた聖女アガタ。左、タイトルでは聖ルドヴィーコ(ロドヴィーコ)となっていたが、聖ルイ(聖王ルイ9世)のこと。タイトルは「トゥールーズの聖ルイと天使の下の十字架と聖女アガタ」だと思う。

これね、ポスターも売られているけれど、全然ちがう。wiki から借用してきたのは色と、十字架や冠、髑髏がはっきりしていたから。

キリストの聖遺物でもある茨の冠は聖ルイが所有していた。ポードゥアン2世が売却したもので、真の十字架が含まれていたという。釘、十字架の断片を含めたこれらの聖遺物はノートルダム大聖堂で保管されている。

これが聖具室の聖ルイ。ドナッテロ作で、この教会は聖ルイがずいぶんと描かれていた。バルディ礼拝堂ではガッティも「聖ルイ」を描いていた。

ちょっと若くして亡くなったこのルイ9世に若干の興味がわく。ドメニコス・テオトコプーロス、通称エル・グレコも描いている。必ずといってもいいほど王冠と手に持つ笏が描かれている。これはフランス王だという象徴だ。

ドナテッロは王冠は足下に置いていないが、聖人とされたルイの肖像画には王冠は足下、そして教冠をかぶる。ガッティも同じ構図だが王冠を描いている。手にもつ笏杖も描かれている。

さて、最後。

磔刑像で締めくくり。ご存知の方が多い話で恐縮だが、このサンタ・クローチェにあるドナッテロの磔刑像は、sai のサンタ・マリア・ノヴェッラの記事にあるフィリッポの磔刑像と比較してほしい。

どこの「オジさん」かという表情のドナテッロのキリスト。このドナッテロの磔刑像をみたフィリッポ。

フィリッポ
「きわめて繊細でかつて存在した最も完璧な人であるキリストのかわりに、君は農民を十字架にかけた」

Il Crocifisso di Donatello (1406-1408 circa), Santa Croce (Firenze)ドナテッロ
「君にはキリストをつくることを許されているのだ。僕には農民だ。」と負けを認めた。

キリストは完璧な人間だった。と思う。あらためて聖書を読んでみた。(僕は仏教です)

聖書を読んで、「最も厳しい人」だと思う。キリストの言葉は実に厳しい。シニカルで激昂するキリスト。死を避けられない運命から逃げなかった真実の人間でもある。そのキリストを磔刑像であらわしたのがフィリッポだと思う。

ドナテッロは、大工の息子として誕生した人間としてのイエスを磔刑像にしたのではないか。ゲッセマネの祈りでもわかるように、死の恐怖に震え、祈るイエス。ダヴィデ像とは全然違う。断然違う。

二人の政治犯とともに磔刑に処せられた人間イエスなんだなぁと思った。


パッツィ家の礼拝堂
パッツイ家はプルネルスキが設計した。


パッツイ家の陰謀で、メディチ家のロレンツォの負傷、ジュリアーノの暗殺の事件の24年前、つまりサンドロ・ボッティチェリが生まれた年であるから565年前に造られたいうことになる。

最近では首謀者がパッツイ家ではなくモンテフェルトロ家ではないかともいわれているパッツイ家の陰謀。

記事 「フェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ 小書斎」 神曲 地獄編の子孫


パッツイ家は「青」が鮮やかで陰謀を企てたとは思えないほど清清しい。中央にパッツイ家のエンブレム。この四隅に貝殻のモチーフがある。


壁画がなく、壁よりも天井に凝っている内装。一番最初の画像にある、円形の陶板に描かれている使途は、ルーカ・デラ・ロッピアが描いた。

この四隅もシェル(貝殻)。


ボッティチェッリのヴィーナスの誕生を想像するのは僕だけか?

パッツイ家の紋章は2頭のイルカ。海の生物だからそのモチーフとして貝殻を選んだのだろう。ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」は、たぶんパッツイ家の陰謀のあと。

反ロレンツォのメディチ家から発見されたこの作品だが、ボッティチェッリは、メディチ家とパッツイ家の力関係、もしくは依頼主がメディチ派を象徴するためにパッツイ家ゆかりの海に関係する貝殻を描いたのだろうか。

この陰謀のあと、メディチ家派を象徴するために、ラーマ家ではボッティチェッリに「東方三博士の礼拝」をメディチ家の集団肖像画のように描かせた。ラーマ家の人物はただ一人しか描かれていない。
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