マネの代表作『草上の昼食』はパロディの原点かもしれない。この絵を描いた時代は、正装の紳士と裸婦は非常識であった。しかし古代では常識である。だから古典画のパロディともいえるのではないかという素人の考え。
男性と共にいる女性はこちらを向いて笑みを浮かべている。まるで、この絵に描かれていないが、写真機を持つもう一人の男性に向けているようだ。
草上の昼食(Luncheon on the Grass)
エドゥアール・マネ(Édouard Manet)
うしろの水浴びをする女性。たまたまここに居合わせただけの女性か、裸婦と紳士達の連れだろうか。そうすると、この裸婦、紳士達、水浴びの女性、そして想像上の写真機を持つ男の5人連れだろうか。あるいは水浴びの女性を除く4人連れか。
また、裸婦は別の対象に微笑んでいると考えると、想像上の写真機を持つ男を除いた4人連れなのか。それとも大きくフォーカスされた3人連れなのだろうか。
彼らを考察すると、夫婦と娼婦と友人とカメラマンというひとつの関係。
他にこの3人を囲み、さまざまな物語や関係を推察できる。
そして、裸婦の手前の果物籠は乱れ、あまり行儀のよい連中ではないことも見受けられる。気侭、我侭、したい放題の連中だ。
この1863年に描かれたマネの「草上の昼食」は、多くの画家がオマージュを描く。オマージュ:hommageというのは「敬意を払う」という意味があるが、献辞や賛辞という意も含む。「お〜、いいじゃないか。よし僕もひとつ描いてみるか」というパクリともいえる。
田園の奏楽(田園の合奏) Fiesta campestre
ジョルジョーネとティツィアーノ (Giorgione&Titian)
草上の昼食の元祖はジョルジョーネとティツィアーノが描いた「田園の奏楽」だ。ウェルギリウスの「牧歌」から描いたとされる。貴族とその従者、そしてニンフたち。ジョルジョーネが死んで、ティツィアーノが完成させた。マネはこの作品からヒントを得て「草上の昼食」を描いた。
・ウジェーヌ・ブータン画
「Luncheon on the Grass, the Family of Eugene Manet」
(草上の昼食、ウジェーヌ・マネの家族)」1866年
・
クロード・モネ画部分
「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1866年
・ポール・セザンヌ画
「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1871年
・ポール・セザンヌ画
「Luncheon on the Grass(草上の昼食)」1875年
・ジェームス・ティソ画
「Le Dejeuner sur L'herbe(草上の昼食)」1868年
・ジェームス・ティソ画
「
Partie Carree(パーティ・カレ)」発表年不明
・ジュリウス・ステュアート画
「Picnic under the Trees(木陰の昼食)」1895年
・ベルト・モリゾ画
「Le Dejeuner sur L'herbe(草上の昼食)」
さてさて、「草上の昼食」の原点であるエドワール・マネはブルジョワ階級の人間だ。母親は毎週サロンを開く。もしかするとサロンでの母親たちの振る舞いではないか、この絵は。
マネのオマージュかパロディか、ピカソもセザンヌも描いている草上の昼食。何に執着してるんだ、画家たちは?
wiki にあった「パリスの審判」から3人の人物をみよ!とあった。
マルカントニオ・ライモンディ作「パリスの審判」 右下の3人 by wiki
草上の昼食 ポール・セザンヌ